二枚の合格通知
長峰奈澄の前には、合格通知が二枚あった。
法科大学院と、社会福祉士の養成課程。家族で囲むすき焼きの鍋の横に、父が二枚とも並べた。
「迷う理由がないだろう」
父は法科大学院の封筒を奈澄の側へ寄せた。弁護士だった祖父の万年筆まで用意している。
母も頷いた。
「福祉は、資格を取ってもお給料が低いって聞くわよ」
奈澄は鍋から春菊を取った。子どものころ、苦いから嫌いだと父が決め、奈澄の皿には入れなかった野菜だ。今は好きだった。
「福祉のほうへ行く」
父の箸が止まった。
「法律を学んでからでもできる」
「法律家になりたいわけじゃない」
「合格できる力があるのに、使わないのか」
奈澄は祖父の万年筆を見た。高校卒業の日に「次はお前だ」と渡されたが、一度もインクを入れていない。父はその沈黙を、同意だと思ってきた。
大学のゼミを選ぶときも、父は万年筆を机へ置いた。奈澄が別の希望を書きかけると、「迷っているなら家の道へ戻れ」と紙を差し替えた。書かなかった年月まで、家族の賛成票に数えられていた。
「力があることを、家族の続きに使う義務はないよ」
父は顔を赤くした。
「祖父さんが聞いたらどう思う」
「亡くなった人の返事を、お父さんが代わりに決めないで」
鍋の湯気が二枚の通知を曇らせた。母が火を弱める。
奈澄は法科大学院の辞退届を封筒から出し、その場で署名した。万年筆ではなく、自分の黒いボールペンを使った。
「学費は自分で払う。親戚への説明も要らない。『落ちた』ことにもしないで」
「恥ずかしいから隠すと思ってるのか」
「私が選んだって、正しく言ってほしいだけ」
父はしばらく黙り、祖父の万年筆をケースへ戻した。
食事の終わり、父が福祉の通知を手に取った。
「実習はどこでやる」
奈澄は施設名までは答えず、「二年目に決まる」と伝えた。聞かれたことすべてに応じる必要はないが、進路そのものを隠す必要もなかった。
帰る前、奈澄は春菊をもう一束、鍋へ入れた。
父は取り除かなかった。煮えた春菊を奈澄が自分の皿へ取るのを、ただ見ていた。