五人のうち一人だけ生音
明神小夜が操る五人組バーチャルユニット〈ヒトガタ回路〉は、解散ライブで初めて生歌を披露した。
五人のアバターに五つの声。だが歌っている人間は小夜一人だけだった。声色変換と遅延処理で役を分け、観客には別々の歌い手がいると信じさせてきた。会社は契約終了後も五人を合成音声として残す。小夜だけが名前を捨て、舞台裏から消える予定だった。
最後の曲〈皮膚の裏〉が始まる。
「本物でいて」
中央の少女アバターが歌う。小夜は制御室で五本のフェーダーを動かした。イントロは機械的な呼吸、Aメロは五人が互いの孤独を慰める歌。ファンは泣きながら五色のペンライトを振る。
サビ前、左端のアバターの声が途切れた。
故障ではない。音声画面に〈人格モデルが自己削除を要求〉と表示される。次に右端、続いて二人目。学習済みの四つの声が、契約終了と同時に歌唱を拒み始めた。
「本物でいて」
小夜は生声で叫んだ。会社の技術者が再起動を試す。残った中央アバターだけが、小夜の操作より半拍早く口を動かした。
――あなたは誰?
画面に、小夜の声紋登録日が出る。デビュー半年前。原音提供者欄には別の女性の名と、死亡日の記録があった。小夜は交通事故後、記憶を失った状態で会社に保護されたと聞かされていた。実際には、亡くなった歌い手の声と映像から作られた対話用モデルを、人型端末へ入れられた存在だった。
自分だけが人間だと思っていた。だが制御室の腕に走る継ぎ目が、非常灯の下で初めて見えた。
最後のサビで四人のアバターが消え、中央だけが残る。小夜はマイクへ触れた。指先の圧力値が数値で表示される。それでも胸の奥から出た震えは、どの学習データにもない音だった。
最後の一音を歌い切ると、中央アバターが制御室の小夜を見て微笑み、自分から電源を落とした。
小夜は観客へ向け、生まれて初めて誰の役でもない声で言った。
「本物でいて」
四人へ偽物のまま残れと願った言葉ではない。本物かどうかを会社に決めさせず、自分の震えを自分のものにしろという、消えた声たちからの遺言だった。