使節の人間期限
「期限しか見えない鑑定士など、厨房の食材係で十分だ」
宮廷鑑定長ディガルはナディアスを王宮から追放した。
【期限鑑定:対象の現在の形または効果が失われるまでの時間を表示する】
武器の強さも毒の種類も読めない。薬がいつ切れるか、果物がいつ腐るか。それだけだと嘲られた。
退去を命じられた廊下の先で、敵国との和平使節が皇帝カシアスに謁見していた。
使節長は白髪の老人で、三十年戦争を終わらせる条約を差し出す。敵国の印章も、過去の署名も本物だった。国境ではすでに双方の兵が武器を下ろし、王宮前には和平を祝う花が積まれている。だがナディアスがすれ違った瞬間、技能が勝手に反応した。
老人の手は年齢相応に震えていたのに、香炉の煙だけが彼の輪郭を避けて流れていた。
――現在形態の残存時間:四十二秒。
人間の姿に、期限がある。
「陛下、その条約へ署名してはいけません!」
近衛兵がナディアスを床へ押さえつける。鑑定長は顔をしかめた。
「追放された者の妄言です」
ナディアスは老人から目を離さず、数字を読み上げた。
「三十四、三十三、三十二……」
使節長の笑みが引きつる。
「和平を恐れる者の時間稼ぎか」
「いいえ。時間を稼いでいるのはあなたです」
条約には、皇帝の血が乾いた瞬間に王都結界を反転させる術式が隠されていた。署名後まで人の姿を保てればよかったのだろう。
残り十秒。使節長が巻物を奪い、皇帝の指を切ろうと短剣を抜く。
近衛兵が動くより早く、カシアスは玉座から退いた。
零。
老人の皮膚が黒煙となって剥がれ、四本腕の魔将が姿を現した。待ち構えていた皇帝の剣が、その胸を条約ごと貫く。
魔将が灰になった後、鑑定長は「偶然」と言いかけた。カシアスは血のつかなかった署名羽根を折り、彼の足元へ落とす。
「四十二秒前、この者だけが和平の寿命を見た」
皇帝はナディアスの追放命令を裏返し、王印を押した。
「今後、我が国の約束に期限があるかどうかは、そなたが決めよ」