保証人の欄
食卓の上に、新しい賃貸契約書が三通広がっていた。
眞鍋澄佳の書類には、婚約者の名前が保証人として印刷されている。笠松千紘の書類は会社の借り上げ社宅で、保証人欄そのものがない。大戸啓吾の紙だけが、空白だった。
「兄に頼めば」
澄佳が言う。
「六年、話してない」
「お父さん」
「住所知らない」
千紘がペンを置く。
「保証会社は?」
「審査落ちた。去年、携帯止めたのが残ってるらしい」
三人が住み始めたのは、大学二年の春だった。澄佳は実家の門限から逃げ、千紘は通学時間を減らし、啓吾は学生寮の抽選に落ちた。最初は事情の差など見えなかった。家賃を三等分し、鍋を三人で囲めば、同じ二十歳になれた。契約書を開くまでは、信用にも育った家の違いがあるとは考えなかった。
「私が保証人になる」
澄佳が言った。
啓吾は笑う。
「来月結婚する人が、無職の男の保証人?」
「無職じゃない。整備工場、決まったでしょ」
「試用期間。月十五万。笑うところだよ」
千紘は四月から航空会社の客室乗務員になる。社宅は空港の近くで、家具も家電も揃っている。
「うちの会社、整備の寮もあるか聞こうか」
「同情で人事を動かすなよ」
「同情じゃない」
「じゃあ何」
千紘は答えられなかった。
啓吾は契約書を二つ折りにした。
「新聞販売店の住み込み、見つけた。朝刊配ってから工場行く」
「寝る時間ないじゃん」
「住所があるだけまし」
澄佳は自分の保証人欄を見た。結婚を決めたのは愛情だけではない。正社員の相手と世帯を作れば、家も信用も手に入る。その計算を、啓吾の前では口にできなかった。
千紘は鍵を机へ置いた。
「三人とも、飛ぶみたいだね」
「澄佳は結婚、千紘は空、俺は朝刊。高度が違いすぎる」
啓吾が言い、三人は少しだけ笑った。
引っ越し業者が来ると、契約書はそれぞれの鞄へ入った。啓吾の空白の一枚だけが、ごみ袋の横に落ちていた。
食卓には三脚の椅子が残ったが、彼の椅子だけ先に運び出された。保証人のいない人間から順に、この家を出ていくように見えた。