借金より一枚多い領収書
山羊獣人ベッカの首輪には、借金額が数字で浮かんでいた。
金貨百枚。
十年働いても減らない。それどころか食事代、寝床代、首輪の維持費まで加算され、毎朝同じ数字へ戻る。
「計算は正確だ」
豪商は胸を張った。
「王都監査官ユーノ殿、優秀な帳簿奴隷として譲ってもいい。あなたの所有印へ替えれば——」
ユーノは返事をせず、机へ領収書を並べた。
ベッカが夜ごと倉庫の隅で保管していた、薄い紙片が九十九枚。
「一枚足りんではないか」
豪商が笑う。
「百枚の借金に九十九枚。やはり奴隷のままだ」
「いいえ。一枚多いのです」
ユーノは首輪の裏側を指した。
そこには契約成立時、保証金として金貨二枚を受領した刻印がある。元金百枚に対し、ベッカは九十九枚を返済し、さらに保証金二枚を預けていた。
「差し引き一枚、あなたが彼女へ返す側です」
監査用の算盤を一度弾く。
首輪の数字が百から零へ落ち、さらに赤字の一へ反転した。債権者と債務者が入れ替わった証だ。
「待て! 維持費が——」
「無効契約の維持費を被害者へ請求する条項はありません」
ユーノは豪商から金貨一枚を取り立て、ベッカの掌へ置いた。続いて所有札を鋏で二つに切る。首輪は留め金を失い、ころん、と帳簿の上へ落ちた。ベッカは初めて、首元を通る空気の軽さを知った。
「監査局へ来れば働き口は紹介します。ただし、私の部下になる義務はありません」
ベッカは金貨を握り、まず菓子屋へ走った。十年ぶりに自分の金で蜂蜜菓子を買い、そのままどこかへ消えた。
翌朝、ユーノが監査局へ出勤すると、机が一つ増えていた。上には蜂蜜菓子が半分と、豪商の裏帳簿が十二冊。
「これは?」
「退職金代わりに持ってきました」
ベッカは椅子へ座り、雇用契約を差し出す。
「給与、休日、辞職の自由。全部確認しました。あなたの計算は信用できる。でも署名するのは、私が決めたからです」
ユーノが署名し、ベッカも隣へ名を書く。
首輪に浮かんでいた数字の代わりに、対等な二つの署名が一枚の契約を完成させた。