値札のある工房
織物都市が陥落し、染師と織工たちが麻布町へ逃れてきた。
腕は確かだったが、道具も店もない。食事代欲しさに相場の半値で仕事を請ける者が現れ、町の親方も値下げを迫られた。避難民が一枚売るたび、古参の一枚も安くなる。「商売を奪う者を追い出せ」と職人たちは領主館へ押しかけた。
領主ナディアは、追放令ではなく大きな値札板を工房跡へ掛けた。
糸一巻の最低加工賃、布一反の最低織賃、染料ごとの実費。その価格より安く請け負うことを、出身に関係なく禁じる。共同工房の織機は予約札で半日交代。予約を独占できないよう、一人が先に取れるのは二枠まで。急ぎ注文は他の予約者の同意と署名が要る。売れた品だけ三十分の一を工具修繕費へ納め、売れ残りには課さない。税箱は硝子蓋で、硬貨の数まで外から見えた。
「高くすれば客が逃げる」
町の親方が言う。
「なら、品質で選ばれる。飢えた者だけが値下げを強いられる市場よりましです」
最初の注文は、宿屋のカーテン十枚だった。
麻布町の親方は丈夫な地織りを、避難民の染師は色落ちしない青を提案した。別々に作れば競合する。共同工房なら、一枚の品になる。
ナディアは誰にも組めと命じなかった。注文主にも共同制作を強制せず、見積書を二通並べただけだ。別々なら十二日、組めば七日。価格は値札板どおりで変わらない。
だが織機予約表の同じ日に、親方と染師の札が並んだ。
三日後、深い青のカーテンが完成した。値札板どおりの代金が支払われ、三十分の一が工具箱へ入る。親方は自分の取り分を数え、以前の安値競争より多いことに目を丸くした。
翌朝、町の木工職人が追加の糸車を運んできた。
「修繕費から買うまで貸す。予約表には俺の名も書いてくれ」
夕方には、工房跡の窓すべてに灯りがついた。
避難民の染師が古い看板を裏返し、町の親方が新しい名を彫る。
『南北共同工房――値切るなら技ではなく、納期を相談してください』
青い布が戸口に掲げられ、風を受けて町と同じ方向へ膨らんだ。