先に来ていた人

篠宮千郁は、家にいたくない朝だけ一本早い電車に乗った。

家族が進路の話を始める前に玄関を出て、まだ売店も開いていない駅へ行く。ホームの端のベンチで、コンビニのおにぎりを食べる。それが誰にも言っていない習慣だった。

その朝、ベンチには先客がいた。

長峰宗介。クラスではいつも誰かに囲まれ、休み時間になるたび笑い声の中心にいる男子だった。

「おはよう」

宗介は驚いた顔をして、膝の上の弁当箱を閉じた。

「それ、朝ごはん?」

「昼の味見」

「自分で作ったの?」

「母さんが入院してて。妹の分も」

千郁は初めて、彼の指に小さな絆創膏がいくつも貼られていることに気づいた。

宗介は、千郁のおにぎりを見た。

「そっちは?」

「家にいたくない日の朝ごはん」

なぜか正直に答えてしまった。早朝のホームには、教室で使うための嘘がまだ届いていないらしい。

宗介は弁当箱から卵焼きを一つ取り出し、蓋の上に置いた。

「味見して」

「毒見?」

「同じこと」

少し焦げていて、砂糖が多かった。でも、温かかった。

千郁は代わりにおにぎりを半分割った。梅干しが片側に偏り、宗介が酸っぱい顔をする。二人で声を殺して笑った。

千郁は、宗介のことを悩みのない人だと思っていた。宗介も、成績のいい千郁は家族と将来をきれいに話し合える人だと思っていた。互いの思い込みを告白すると、どちらも少し腹を立て、それから笑った。教室で見えている姿は、朝の光に照らされた影みたいなものかもしれない。長く伸びて、本当の大きさとは違って見える。

始発の次の電車が入ってくる。いつもなら別々の車両へ乗るところで、宗介が言った。

「明日も早い?」

「家にいたくなかったら」

「じゃあ、俺は卵焼きが成功しなかったら」

「毎日になりそう」と千郁が言うと、宗介は大げさに傷ついた顔をした。

電車の窓に、二人の姿が並んで映った。学校では決して見ない組み合わせだった。

次の日、千郁は家で進路の話を最後まで聞いてから出た。それでも一本早い電車に間に合うよう走った。

ホームには、宗介が先に来ていた。卵焼きはまだ少し焦げていた。