八分早い議事録

大学発ベンチャーへの独占ライセンス会議で、若生梨花は産学連携室の一年目だった。学生の考案した省電力モーター制御を、共同研究先の鳳城電機が自社発明として先に出願していた。

鳳城は、学生から説明を受ける前に自社研究員が着想していた証拠として議事録を提出した。六月二日午後二時十分、鳳城側が同じ制御原理を説明した、と記されている。出席者三名の電子署名も付いていた。

学生が資料を送ったのは午後二時十八分。わずか八分の差で、鳳城が先という筋書きだった。

梨花は会議室の入退室記録を開いた。鳳城の三名が大学門を通ったのは午後二時二十三分。会議室を解錠したのは二時二十七分。二時十分には、全員まだ社用車の中だった。

鳳城の知財部長は、オンラインで先に会議を始めたと説明した。

「では接続記録を見せてください」

大学の会議システムに接続はなく、議事録に記載された会議番号も、翌日に発行された番号だった。さらに電子署名の証明時刻は午後三時四十一分。本文の「二時十分」は手入力にすぎない。

梨花は学生の送信メールを投影した。添付資料には、鳳城の出願明細書と同じ珍しい誤字――「磁束」を「磁速」とした箇所まで残っていた。

大学理事は、訴訟になれば製品化が遅れると顔を曇らせた。梨花も、学生が卒業を控えていることを知っていた。

それでも彼女は独占ライセンス契約書を閉じた。

「八分早く書いた議事録より、十三分遅れて入った門の方が正確です」

鳳城の社印は押印台の上で傾いたまま動かなかった。大学側の決裁者も署名を止める。

鳳城側の研究員の一人が、議事録への署名は内容を読まず求められたまま行ったと認めた。署名依頼メールの件名は「時刻は修正済み、至急承認」。梨花がその一行を読み上げると、知財部長はオンライン接続の説明をやめた。学生は画面越しに何も言わず、送信済みメールを握りしめていた。

八分で横取られた発明は、午後二時二十三分の入館記録によって取り戻され始めた。