八月の冬物コート

柴崎杏奈は、一日だけの外出許可証とクリーニング店の引換券を、同じ透明ケースへ入れた。

受け取るのは同居している恋人の冬物コートだ。五月に出したまま、病院からの連絡が続き、店の保管期限を二度延ばしてもらっていた。八月の歩道でウールのコートを持ち帰るのは間が悪い。それでも、代理で受け取ってもらうのではなく、自分で済ませたかった。

店内は冷房が強く、ビニールに包まれた服が天井近くまで並んでいた。杏奈が番号を見せると、店員は奥から紺色のコートを運んできた。

「左の袖口、ほつれも直してあります」

頼んだ覚えがなく、杏奈が聞き返すと、受付時の伝票に追加修理の印があった。恋人が持ち込んだ日に頼んだらしい。几帳面な人なのに、自分の服のことだけは杏奈へ言わない。

コートを持ち上げると、見た目より重かった。店員が宅配を勧めたが、杏奈は肩へ掛けた。真夏の陽射しの下、紺色の布が背中を覆う。三十メートル歩くたび、腕を替えた。

帰宅すると、恋人は仕事へ出たあとだった。クローゼットの右半分が恋人の場所で、左には杏奈の春物がまだ掛かっている。退院予定が決まらないまま、季節だけ先へ進んでいた。

杏奈はビニールを外し、防虫剤の匂いを逃がした。袖口を裏返すと、ほつれていた箇所は同じ色の糸で細かく縫われている。どこを直したか探さなければ分からない。

ポケットを確かめると、去年の映画の半券が一枚出てきた。捨てるか迷い、元のポケットへ戻す。今日の用事は思い出を整理することではない。コートを、冬に着られる状態でしまうことだ。

厚みのある木のハンガーを選び、肩の位置を合わせる。恋人は細い針金ハンガーを使いがちなので、木のものだと分かるよう、首へ青いリボンを一周だけ結んだ。上のボタンだけ留め、襟を立てないよう指で整えた。ビニールは畳んでごみ袋へ入れる。

杏奈は紺色のコートをクローゼットの右端へ掛けた。ハンガーの金具が棒に触れ、乾いた音で止まった。