八月三十一日の車窓
舟守晴音がギターを鳴らすと、スクリーンに夏休みの車窓が流れた。
高校の同窓会で一度だけ演奏される、明るい帰宅ソング。二十年前、遠足帰りのバスが崖下へ落ち、同級生十二人が死んだ。晴音は最後尾の窓から救出された唯一の生徒だった。
事故以来、彼女はこの曲のサビを聴くと吐き気がした。車内で皆が歌っていたはずなのに、記憶では音がない。窓ガラスに触れた指の冷たさだけが、毎年同じ日に戻ってきた。
イントロに、座席を叩く軽いリズムが入る。
「まだ帰らないで」
Aメロで窓の映像が夕焼けへ変わる。ギターの裏から、金属を叩く音が聞こえた。十二回、休み、十二回。客席の元担任は顔を伏せた。
事故報告によれば、バスは転落と同時に炎上し、十二人は即死した。だが晴音の救出時刻は転落から四十七分後。彼女の耳には、その間ずっと誰かが歌っていた感覚だけが残っている。
サビで同級生たちが立ち上がる。
「まだ帰らないで」
スクリーンの車窓が停止し、当時の車載カメラへ切り替わった。転落後、バスは横倒しになっただけで燃えていない。生徒たちは生きていた。運転手は非常口を開けようとしたが、学校の引率責任者が止めている。定員超過を隠すため、救助が来るまで座席を動くなと命じた。
やがて燃料が漏れ、煙が入る。後部窓だけが割れ、晴音は皆に押し出された。彼女が外から戻ろうとすると、友人たちは座席の脚で窓枠を塞いだ。
〈一人は生きて。ここへ戻るな〉
座席を叩く音は、歌の手拍子ではない。煙の中で意識を保つため、十二人が互いの生存を数えていた音だった。
最後の一音で、車載映像の時刻が四十七分を示す。十二回目の打音のあと、担任の声が入った。
〈救助には、全員死亡と伝えた〉
晴音はギターを下ろし、かつて窓の内側から聞いた言葉を歌った。
「まだ帰らないで」
同窓会へ残ってほしいという懐かしい呼びかけではない。死者たちが、生き残った晴音だけは自分たちの所へ戻るなと押し返した声だった。