八桁目の口座

水産テック企業「ブルーケージ」への投資実行日、笹森谷塔子はファンド事務の派遣社員として送金先を登録していた。出資額は二十四億円。養殖魚の病気を早期発見する技術は高く評価され、委員会承認も済んでいる。

投資契約書の口座番号は八桁だった。会社が事前登録した番号と比べると、八桁目だけが違う。登録口座の末尾は6、契約書は8。

塔子は創業者へ確認した。資金管理用の新口座だという。銀行名と支店名は同じで、名義欄にも「ブルーケージ」と印刷されていた。

だが銀行の口座確認書では、末尾8の名義は「ブルーケージ・アドバイザリー合同会社」。投資仲介をした財務顧問の会社だった。字体を狭め、契約書では後半を切っていた。

財務顧問は、資金を一時預かりして設備業者へ払う契約だと説明した。

塔子は投資契約の別紙を開いた。資金受領者は投資先本人に限定され、預り金は禁止。さらに末尾8の口座には、送金実行から十分後、顧問代表個人の証券口座へ二十億円を振り替える予約が入っていた。銀行照会の回答時刻は午前九時四十九分。

顧問は、派遣社員が顧客口座を調べたことを問題にすると脅した。塔子はファンドから与えられた確認権限書を机へ置いた。権限欄には、送金先名義と予約取引の確認まで明記されている。

「末尾一桁の入力ミスで済ませませんか」

創業者が小さく言った。

塔子は送金画面の確定ボタンから手を離した。

「入力ミスなら、二十億円の振替予約までは入りません」

投資契約書の口座番号は、会社代表印が押された後に8へ直されていた。顕微鏡で見ると、その一桁だけトナーが朱肉の上に乗っている。元の6を白い矩形で隠し、後から8を印刷した痕跡だった。創業者の「入力ミス」という説明は、印刷順とも合わなかった。

銀行担当者は末尾6の口座だけが投資先の正式届出口座だと回答し、その確認番号を会議記録へ付した。

ファンド代表が契約書の口座欄へ赤い付箋を貼った。八桁目の6と8の間で、二十四億円は一円も動かなくなった。