六分間の空白
片瀬柊平は工場の門を通るたび、胸元の《試用バッジ》を二度叩く。
緑なら記録中。七日間の作業をAIが秒単位で採点し、映像と一致しない時間が一秒でもあれば、その部分は勤務として認められない。人間の推薦を入れないための、完全な実技採用だった。
最終日の午後、柊平は梱包ラインでラベルを貼っていた。速度も誤差も基準内。バッジには〈合格圏〉が点滅している。
六日間、トイレの回数まで予定に合わせ、咳をするときも作業の手を止めなかった。母には「人に見られている方が楽だ」と強がったが、眠る直前まで胸の緑色が残像になった。それでも今日を終えれば、三年ぶりに固定給が得られる。
休憩終了のベルが鳴る直前、資材担当の鳥羽ひよりが階段の踊り場でうずくまった。古い建物で、そこだけ監視カメラがない。
「大丈夫ですか」
「平気。戻って。試験中でしょ」
顔色は紙のように白く、呼吸が短い。柊平は彼女の背を支え、救護室へ連絡した。バッジは階段へ入った瞬間、緑から灰色に変わる。
〈映像照合不能〉
ひよりは以前、柊平がラベルを一列ずらしたとき、廃棄せず直せる手順をこっそり教えてくれた。採用担当ではない。ただの先輩になるかもしれない人だった。
救護員が来るまで六分十二秒。柊平がラインへ戻ると、機械は何事もなく流れていた。
夕方、結果が端末へ届く。
〈作業評価 94〉
〈安全遵守 96〉
〈説明不能な不在 00:06:12〉
〈規則により不採用〉
理由入力欄に「人が倒れていた」と打つ。AIは〈映像根拠なし〉と返した。ひよりが証言しようと自分の社員証をかざしても、候補者への人的評価は公平性を損なうとして受理されない。
「ごめん」とひよりが言った。
「倒れた人が謝る制度、変ですよ」
バッジ返却口の上には、会社の標語が光っていた。
――記録できない努力は、存在しない。
柊平はバッジを外した。返却口へ入れず、標語の真下に置く。
ランプは灰色のまま、彼が門を出るまで一秒も数えなかった。