共有画面の字幕
社内システムが落ちた午後、会議室には十四人分の声が重なった。
野々村毬絵は、障害対応は口頭がいちばん速いと思っている。小田部澄花は、聞こえた人しか分からない指示は指示ではないと言う。澄花は補聴器を使っているが、必要なのは特別扱いではなく記録だと、何度も説明してきた。
「チャットに書いて」
「今は一秒が惜しい」
「聞き返す十秒は?」
二人は普段から噛み合わなかった。
障害発生から十五分、部長が復旧手順を早口で読み上げた。毬絵は三台の端末を切り替えながら指示を飛ばす。澄花は口元を見ようとしたが、全員が別方向を向いている。誰かが「さっきと逆」と言い、別の誰かが再起動を始めた。
画面が一斉に黒くなった。
毬絵は初めて、自分も指示を聞き取れていなかったことに気づいた。ヘッドセットには複数の通話が入り、部長の声はその下に沈んでいた。
澄花が共有文書を開いた。毬絵も同時に新しいウィンドウを出した。
《現在の状態》
《次にすること》
《しないこと》
三つの見出しを、二人がほとんど同時に打った。毬絵が電話から情報を拾い、澄花が一行に整える。澄花が矛盾へ印を付け、毬絵が担当へ確認する。文字は話すより遅い。それでも、同じ間違いを二度しなかった。
復旧直前、毬絵の通話が切れた。澄花は文書に残った番号を指し、毬絵は折り返して最後の確認を取った。澄花が聞き損ねた部分を毬絵が埋め、毬絵が覚えていなかった順序を澄花が戻した。どちらの方法だけでも、手順は完成しなかった。
二十八分後、システムは戻った。部長は「結果的に文書化も役立った」と言った。澄花は礼を言わず、毬絵も謝らなかった。
翌週、障害訓練の手順書に共有文書のリンクが追加された。毬絵は依然として電話が速いと思う。澄花も、すべてを文字にすればいいとは思っていない。
訓練開始の合図が鳴ると、毬絵はヘッドセットを着けた。澄花は共有画面を開いた。二人のカーソルが、同じ一行の両端で、次の指示を待つように点滅した。