円盾の裏縁
スヴェン・ハルヴァルは、和平の円盾を胸に敵の長屋へ入った。
表には白い鹿が描かれ、裏には何もない。密書は盾の木板でも革張りでもなく、外周を巻く生皮の内側へ刻まれていた。縁を外さなければ見えない。
今夜の交渉は人質の扱いだけ。敵の首長ウルフ・セグルは、捕らえた若王ヨルン・エイダを春まで生かす代わりに、湾の三村を要求していた。
「盾を置け」
ウルフが言う。
スヴェンは円盾を卓上へ伏せた。
「和平の盾は、両家の者が一度ずつ持つ。古い法だ」
「古い法は、勝った者が選ぶ」
「なら破れ。明日から、あなたの使者も盾なしで我らの浜へ来る」
長屋の戦士が柄へ手を置いた。ウルフはしばらくスヴェンを見てから、盾を捕虜のヨルンへ押しやった。
「持て。おまえの家の法だ」
狙い通りだった。
ヨルンは盾を膝へ載せた。外周の鉄留めが一つだけ浮いている。爪を入れれば、生皮の縁が少しめくれるよう細工してあった。
ウルフは三村の地図を広げた。
「夜明けまでに印を押せ」
スヴェンは地図を見なかった。ヨルンの親指が盾縁をなぞり、止まり、また動く。内側の短い刻みを読んでいる。
〈湾口の鎖は干潮で砂へ乗る。狼旗が下がれば船を出せ〉
交渉は決裂するよう命じられていた。スヴェンは地図へ唾を落とした。
「三村では足りん。墓地も持っていけ。おまえの兵が要る」
拳で口を割られ、長屋の外へ引きずられた。円盾は人質の手に残った。和平の品は、交渉が終わるまで人質が預かる。それも古い法だった。
長屋を出る直前、ヨルンは円盾を立てて床を一度叩いた。合図ではない。縁を外せると分かった者だけがする、古い船大工の癖だった。スヴェンは振り向かなかった。振り向けば二人の間に意味が生まれる。意味は、見張る者にとって最も見つけやすい密書だった。
浜へ放り出されたスヴェンは、血を雪へ吐いた。
夜半、長屋の屋根で狼旗が降りた。見張り交代の印にすぎない。だが湾の向こうでは、ヨルンの船頭たちがそれを待っている。
霧の中、黒い鴉旗が一枚、船倉から上がった。