再生数を伏せる夜

生駒杏奈は、動画の再生数を五分おきに更新していた。

化粧品会社の広報として、初めて企画から任された短い動画。公開直後の伸びが今後の広告費に影響する。杏奈はそう説明されてから、数字を自分の脈拍のように見るようになった。

千、二千、三千。増えれば安心し、止まれば自分まで価値を失った気がした。帰宅後も浴室へスマートフォンを持ち込み、髪を乾かす途中で確認した。夜中に目が覚めたときも、時刻より先に管理画面を開いた。

公開から三日目、伸びは鈍った。過去の担当者が作った動画より低い。上司は「週明けに分析しよう」と言っただけだったが、杏奈は土曜の夜も表計算へ数字を写し続けた。

二十二時、炊飯器が保温終了の音を鳴らした。夕食を食べていなかった。キッチンへ行き、冷蔵庫の卵を出す。片手でフライパンを温めながら、もう片方で画面を更新する。

数字は一つも増えなかった。

杏奈は黄身を割った。油の上で卵が不格好に広がる。いつもなら写真に撮れる形へ寄せるが、箸を置き、スマートフォンを伏せた。

伏せても、数字は裏側で動く。増えるかもしれないし、減ることはない。見ていないあいだに何か起きたら、すぐ対応できない。

杏奈は食器棚から布巾を出し、スマートフォンへかけた。管理画面だけでなく、端末ごと見えなくする。子どものいたずらのようで、少し笑いそうになったが、笑えなかった。

布の下で一度だけ振動がした。反射で手が伸び、途中で止まる。数字を見ないことは、分析を放棄することではない。ただ今夜の食事を、報告資料にしないだけだと、杏奈は自分へ言い直した。

卵の白身は端が焦げた。ご飯にのせ、醤油をかける。ひと口目は熱すぎて、味より痛みが先に来た。

食べ終えるまで、布巾を取らなかった。

再生数はその後も大きく伸びなかった。月曜には分析があり、改善案を出すことになる。杏奈の企画が特別に評価されるわけでもない。

ただ土曜の夜、数字が見えない十五分間、卵の黄身がご飯へ染みていくのを見た。

空になった茶碗を流しへ置いてから、杏奈は布巾を外した。通知が二件来ていた。

どちらも、明日でもよい内容だった。