凍った一滴
城戸崎朔は、氷の浮いた杯を選んだ。
三人のうち一つだけ、透明な球形の氷が入っている。向かいの消防士は露骨に顔をしかめ、もう一人の記者は氷のない杯へ手を伸ばした。
《杯の液体を最後の一滴まで飲め。毒を摂取しなかった者が通過する》
朔は氷を前歯でせき止め、冷水だけを飲み始めた。
球は唇の手前で転がり、少しずつ小さくなる。残り十秒、朔は最後の水滴を舌へ落とし、氷だけを杯へ戻した。
『条件達成』
消防士が叫ぶ。
「氷も中身だろう!」
「中身とは書いてない。液体を飲め、と書いてある」
記者は自分の杯を空け、無事だった。消防士も飲み干したが、数秒後に椅子へ崩れた。毒は彼の杯だったらしい。朔が選んだ氷球も危険物として赤く点滅している。
『通過者、城戸崎朔、九重茉莉』
記者の茉莉が氷を見つめる。
「その球が毒だと、なぜ分かったの?」
「分かってない。水より先に氷を避けただけだ。毒が液体に溶けているなら俺は死ぬ。凍ったままなら、規則上は飲む必要がない」
消防士は氷入りを露骨に避けた。その反応も朔には手掛かりだった。危険を知っていたのではなく、目立つ違いを罠だと決めつけた顔。主催者は三人の警戒心そのものを、溶けるまでの時計に使っていた。
朔は卓上の温度計を指した。室温は三十五度。主催者は制限時間内に氷が溶けるよう調整していた。迷えば、毒は液体になって水へ混ざる。すぐ飲んだ者だけが助かる設計だ。
「考えすぎる人間を殺す問題だったのね」
茉莉が呟く。
彼女の杯には毒がなかった。それでも、朔が氷を歯で止める間、自分なら同じ賭けを選べたかと何度も考えていた。安全な杯を引くことと、正しく解くことは別だ。
「違う。考える順番の問題だ。まず言葉を読む。毒の場所はそのあとだ」
氷球が、からん、と杯の底で割れた。
中心から黒い一滴が滲み出し、透明だった水跡を墨のように染めた。
朔は開いた扉へ足を踏み入れた。
あとほんのわずか一秒遅ければ、答えは水になっていた。