凍った街に夏を一滴

北都では、真夏なのに人が凍えていた。

氷魔導炉の故障で街全体が白く閉ざされ、修理班は中央塔へ辿り着けない。暖房用の薪は尽き、病院の窓から順に霜が厚くなっていく。市場では果物が石のように凍り、鐘の舌まで氷に固められた。火を焚けば、その周囲だけ急激に融けて屋根雪が落ちるため、住民は毛布の中で耐えるしかない。

配達員ユハナは、百件目達成でもらった確定SSR瓶を開けた。

欲しいのは炎ではない。火事を起こさず、街を均等に温めるもの。

瓶の中には、金色の液体が一滴だけ揺れていた。

《夏の原液》

落とした場所から、失われた季節を本来の温度で取り戻す。

「中央広場まで道を空けて!」

ユハナは荷車に乗り、住民たちが雪かきした細い道を進んだ。誰も彼女を英雄扱いしなかった。ただ薬屋は滑り止めの砂を撒き、宿屋は毛布を手渡し、子どもたちは凍った標識を叩いて方向を示した。

広場の噴水は、巨大な氷柱になっていた。

ユハナは頂上へ登らず、根元の石畳へ一滴を落とした。

金色の輪が、音もなく広がる。

雪は一気に蒸発しなかった。屋根から危険な氷塊が落ちることもない。春の朝のような速度で霜が薄れ、凍った水道が外側から順番に流れ始める。屋根雪は細い雨樋へ吸い込まれ、道の氷だけが水溜まりを作らず土へ染みた。病院の窓が透明になり、パン工房の酵母が膨らみ、中央塔へ続く扉の氷がほどけた。

修理班が中へ入り、炉の弁を閉じる。

修理班は、過剰冷却を命じる封印が炉に追加されていたことも発見した。犯人捜しは衛兵へ任せ、まず全区画の安全弁を開く。街は本来の夏へ戻った。暑すぎもせず、寒すぎもしない。人々が外套を脱いだころ、噴水から最初の水が上がった。

市長はユハナへ勲章を差し出したが、彼女は配達鞄を背負い直す。

「遅れている荷物が九十九件あります。まず病院から」

走り出した背後で、空になった瓶が光へ変わった。

《確定SSR〈夏の原液〉――都市規模の季節復元、誤差零度を確認》