処刑台の錬金釜
王立錬金院は、廃液を川へ流していない。
そう署名しなかった錬金師プラナスは、国家機密漏洩の罪で処刑台に立たされた。
台の上には断頭具ではなく、巨大な鉄釜が据えられている。見物席へ向けた札には《反逆錬金師を自作の酸で溶かす》と書かれ、入場券まで売られていた。
券の裏には王立錬金院の広告がある。《安全な薬品で、清い暮らしを》。川下の村では今月、井戸水を飲んだ家畜が二十頭死んでいた。
院長ゼデクは白衣の袖を整える。
「最後に、自分の配合へ感想を述べる機会を与えよう」
プラナスは釜の中で胡座をかいた。手枷は膝の上だ。
「それ、私の配合じゃない。三倍に薄めてある」
院長の背後で助手が目を伏せた。濃度表を書き換えたのは彼だ。原液の減った量と川へ流れた量が一致することも知っている。
笑いが起きた。
院長の頬が引きつる。
「注入!」
緑色の強酸が管から噴き出し、釜を満たす。鉄の縁から白煙が上がり、床へこぼれた雫が石を泡立たせた。
一分後、排出口が開く。
酸と煙が引いた釜の底で、プラナスは同じ胡座をかいていた。囚人服も、髪を留める木串も無傷。手枷だけが溶け、両手が膝に置かれている。
観衆は拍手の時機を失った。
最前列の薬品商は鼻を押さえながら立ち上がった。蒸気の匂いが、先週買わされた「無害化済み廃液」と同じだったからだ。娯楽だった処刑が、突然、証拠展示へ変わった。
ゼデクは釜の内壁を見た。指二本ぶん削れている。酸は本物だ。
「原液を持て!」
助手たちがためらう。
「院長、原液は兵器指定で――」
「責任は私が取る!」
黒い瓶が運ばれた。封を切っただけで、金属の栓が煙になる。原液が釜へ注がれると、鉄釜そのものが赤く軟らかくなり、処刑台が傾いた。
濃霧のような蒸気が観衆を隠す。
やがて釜の底が抜け、溶けた鉄と酸が地下槽へ落ちた。
残った台座の上で、プラナスは胡座のままだった。
「この原液、一滴で川魚が百匹死ぬ」
彼女は観客席の監査官へ顔を向ける。
「地下水路の瓶と、同じ匂いでしょう?」
監査官が立ち上がった。
ゼデクは反射的に証拠の黒瓶を投げ捨てようとした。だが瓶は、プラナスの足元から跳ね返った酸の雫に触れる。
国家最高硬度を誇る瓶は、院長の手の中で砕けた。