分岐未実装
ゲーム制作サークルの部室で、小埜寺霞はノートパソコンを三台並べた。中央の画面には、卒業までに完成させるはずだったゲームが起動している。主人公が三叉路に立ち、選択肢の文字だけが灰色だった。
「セーブデータ、消す?」
鞍月岳が聞いた。
「解散するからって、作品まで消す必要ないでしょ」
稗田琥珀はキャラクター素材を外付けディスクへ移していた。大学は電気設備の老朽化を理由に部室を閉鎖し、後輩は全員、設備の新しい公認団体へ移った。残った三人に、場所を借り直す金はない。
霞は春からゲーム会社へ入る。企画ではなく品質管理だ。
「人のバグを探す仕事。私たちのゲームは直せなかったのに」
「直せなかったんじゃなくて、完成させなかった」と岳が言う。
岳は県庁の情報政策課へ行く。安定を選んだと自嘲したが、住民向けアプリを作りたいらしい。
「選択肢が押せない行政サイトを減らす」
「それは壮大だね」
琥珀は美術大学へ編入する。ドット絵を捨て、油絵を学ぶ。
「戻ってくる?」
「画面の外が描けるようになったら」
三人は、ゲームの最後の会議を始めた。主人公が三叉路でどこを選ぶか。霞は王都、岳は故郷、琥珀は道のない森を主張した。
「多数決できないな」
「三人しかいないからね」
「三つ作ればいい」
「時間があれば、とっくに作ってる」
言葉が尖った。解散の理由を設備や後輩のせいにしてきたが、本当は三人とも、他人の選択肢を実装する余裕がなくなっていた。
霞がソースコードを共有サーバーから削除しようとした。岳が止め、琥珀が「公開しよう」と言った。
「未完成のまま?」
「未完成って書いて」
「誰かに続き作られたら?」
「それなら、解散した意味が少し減る」
三人はデータを公開設定にした。作者名にはサークル名だけを入れた。
荷物を運び出し、最後にノートパソコンを閉じようとした時、琥珀がゲームをもう一度起動した。主人公は三叉路の前で足踏みしている。
選択肢は依然として灰色だった。
三人が部屋を出たあとも、キャラクターだけが同じ場所で歩き続けた。どの未来も選べないのではなく、選ぶ人がもう画面の前にいなかった。