切符の裏の時刻

大宅春臣刑事は、廃駅の事務室で古い改札鋏を鳴らした。

十五年前の宝石店強盗で、迫田廉は午後八時九分に現場へいたと認定された。迫田は電車に乗っていたと主張し、上着から切符も見つかったが、《後日入手した偽装品》として退けられた。

再現のため呼ばれた元駅員が、切符の裏を指でなぞった。

「これは偽造できません。当時の自動改札が、通過時刻を圧着した跡です」

斜めから光を当てると、《20:07》の数字が浮いた。現場まで車でも十八分かかる駅だった。

ただし数字の半分は、当時の捜査主任・沓掛達郎が書いた《偽》という赤字で隠されている。切符番号は、その夜その駅で売れたロールの売上帳とも一致した。後日入手した物ならあり得ない。インクを避けて顕微鏡撮影すれば、時刻は明瞭だった。ところが照会票には、大宅の父の署名で《主任判断により確認不要》とある。父は死ぬ前、事件の話だけは避け続けた。大宅は今、その沈黙が誇りではなく後悔だったのかもしれないと初めて思った。

「機械の時計が狂っていた可能性がある」

背後で沓掛が言った。今は捜査一課長である。

元駅員が首を振る。

「同じロールの売上記録と一秒単位で合っています」

沓掛は老人を帰し、大宅と二人になると声を落とした。

「迫田は前科者で、盗品の一部も知人宅から出た。切符一枚で無実にはならない」

「知人は供述を撤回しています」

「だからこそ切符まで出せば、捜査が最初から迫田ありきだったと見られる。お前の父親もあの班にいたな」

大宅の父は事件表彰を最後に退職した。家の居間には今も感謝状が飾られている。

沓掛は切符をつまんだ。

「再現不能で報告しろ。紙は脆い。今、破れても事故だ」

大宅は切符を奪い返さず、机の固定カメラを指した。会話も、圧着時刻も、沓掛の指先も録画されていた。

彼は映像を証拠保全サーバーへ転送し、切符を新しい封筒へ封印する。封筒の表に《アリバイ成立可能性》と書き、再審係宛ての搬送箱へ落とした。