判決は三百秒後

法廷端末の表示が「残り05:00」に変わった。

国選弁護人の仰木惟周は、被告席の青年を見ずにデータを開く。五分以内に再犯危険度を五十未満へ下げれば保護観察、五十以上なら無期限収容。現在値は五十一。

裁判官が曲がった紙クリップを指で弾く。

「結論だけを。時間は平等です」

惟周は就労記録を提示した。五十・七。家族の保証を追加した。五十・二。最後に反省文を読み込ませる。五十・〇一。

表示が零になり、法廷が暗転した。

「残り05:00」。紙クリップがまた弾かれる。

二周目は証人の順を変えた。三周目は幼少期の虐待歴を削った。四周目は被告に、感情を抑えた声で謝罪させた。数値は五十を割りかけるたび跳ね返り、零秒で最初へ戻る。

「結論だけを。時間は平等です」

六周目、惟周は判定理由の詳細ログを開いた。通常は弁護人に見えない欄だ。そこには「住所不定」「非正規雇用」に加え、奇妙な項目があった。

《弁護戦略類似度:九十八パーセント》

この判定AIは、惟周の所属事務所が提供した過去四百十六件の弁護記録で学習していた。勝率を上げるため、不利な生活歴を削り、従順な話し方を教えた記録。AIは青年ではなく、惟周の作った「負ける被告」の型を見ている。

八周目、惟周は最適解に届いた。青年の住所を支援団体へ仮登録し、雇用内定を先行入力する。数値は四十九・九。判定ボタンを押せば目的達成だ。

惟周は押さなかった。

代わりに事務所の学習データ監査鍵を公開欄へ添付し、「判定モデルの証拠能力に異議」と送信した。過去四百十六件の非公開加工履歴も同時に解錠される。事務所の成功率九十二パーセントという広告も、その瞬間、四百十六通りの削除と誘導の記録へ読み替えられた。

表示は《判定不能》へ変わった。

裁判官の紙クリップが止まる。

「君の全案件が再審査になるぞ」

「だから、結論だけでは終われません」

五分が過ぎ、時計は次の一秒へ進んだ。青年の処分は保留。惟周の端末には業務停止通知が届く。

彼は弁護士バッジを外し、曲がった紙クリップの横へ置いた。救えたとは思わなかった。ただ、五十一という数字に戻らない時間だけが、法廷に残った。