判決文は一行で足りる

騎士ベネディクトは、法廷でも鎖につながれていた。

右手の甲には公爵家の呪印。公爵が指を鳴らすたび、彼は望まぬ証言を口にする。

「私は自ら契約しました」

「公爵閣下に虐待された事実はありません」

「逃亡を企てた使用人を、私が斬りました」

どれも滑らかな声だった。

ただし一文ごとに、奥歯が一本ずつ砕けていた。

法務官カロリナは証言ではなく、所有契約の原本を見た。

契約日は十三年前。公爵印は確かに本物。署名も血判もある。

誰も覆せなかった書類だ。

「この騎士の所有権を国へ移せば、真実を話させられます」

検察官が言う。

「法務官殿が一時的な主人になればよい」

カロリナは首を振った。

主人が変われば、強制される答えが変わるだけだ。

彼女は古い官報を一冊、証拠台へ置いた。

「十三年前の契約日、公爵閣下はどこにいましたか」

「王都だ」

「いいえ。反乱鎮圧のため、国外にいました。帰還は六日後です」

法廷がざわつく。

公爵は笑った。

「代理人に印を預けていた」

「当時の法では、所有契約への代理押印は禁止です」

「ならば日付の誤記だ」

「日付を訂正すれば、その日はベネディクト卿がまだ騎士叙任前。所有対象の資格記載が偽りになります」

逃げ道は一つもない。

カロリナは判決文へ、たった一行を書いた。

《本契約は成立時に遡って無効とする》

木槌が鳴る。

ベネディクトの手の甲から公爵印が剥がれ、黒い灰となった。鎖の錠がひとりでに開く。

「黙れ!」公爵が指を鳴らす。

騎士の口は動かない。

カロリナは法廷の出口を示した。

「あなたは退廷できます。証言の義務もありません」

ベネディクトは何も言わず、扉の外へ出た。

公爵が勝ち誇る。

「ほら見ろ。自由になれば逃げる。忠義などなかったのだ」

扉がもう一度開いた。

ベネディクトが戻ってくる。

鎖は置いてきた。代わりに、証人席へ自分の足で立つ。

「これまでは所有物だったため、証言能力がありませんでした」

彼は傷ついた口で、はっきり言った。

「今は自由人です。公爵による殺人、監禁、契約偽造のすべてを告発します」

誰にも持ち上げられない右手が、自ら宣誓のために上がった。