十二の言葉と一袋の種
農業技術会社を興した久慈原景路は、遺産の所在を動画で告げた。
『全財産は、十二の言葉と一袋のシードに入っている』
暗号資産に詳しい甥の真砂人は拳を握った。
「復元用のシードフレーズだ。十二単語さえ分かれば口座を開ける」
農家を継いだ姪の蕗乃は、机上の茶封筒を持ち上げた。
「種ならここにあるよ」
「そのシードじゃない」
「英語にしただけで偉そうに」
「叔父さんは技術会社の社長だぞ」
「技術の半分は畑にある」
封筒には、トマトの種と十二の単語が書かれていた。
〈暁、灯台、乙女、王冠、砂糖、旅人、鐘、珊瑚、夏雲、鉛筆、狐、銀河〉
真砂人はノートパソコンを開いた。
「完璧だ。順番を入力する」
「待って。全部、叔父さんが育ててた試作品の名前」
「暗号に見せかけた品種名だ」
「品種名を暗号だと思い込んでるのはあなた」
「口座に三回失敗すると凍結される。黙って」
真砂人は十二語を英訳し、逆順にし、叔父の誕生日順に並べ替えた。蕗乃は種を十二粒ずつ小皿へ分けた。
「種を数えて何が分かる」
「袋ごとに発芽率が違うかも」
「財産を土へ埋める気?」
「暗号を海外のサーバーへ投げる人に言われたくない」
入力画面はエラーを返した。
「順番が違う」
「畝の並び順じゃない?」
「暗号資産を畑の順で管理する人はいない」
「叔父さんならする」
「反論しづらい人物像を持ち出すな」
二人は会社の温室へ走った。十二の札が立つ畝を、入口から、収穫順から、甘さ順から読み上げた。社員まで巻き込まれた。
「〈狐〉は糖度九」
「〈乙女〉は病気に強い」
「〈鉛筆〉だけ細長い」
「それが資産回復にどう関係する?」
「食べれば分かる」
「金融認証を味覚で突破するな!」
全種類を試食したころ、顧問弁護士が到着した。
「お二人とも、何を?」
「十二語の正しい順を」
「一袋のシードの価値を」
「その二つは同じです」
景路が残したのは、十二品種を交配するための種と研究記録だった。特許出願前の新品種で、順番は交配手順を示しているという。
真砂人は種袋を見た。
「暗号資産では?」
「暗号ではあります。植物の遺伝情報という意味で」
蕗乃が一粒を掌にのせた。
「で、全財産はいくら?」
弁護士は温室を指した。
「まだ、土の中です」