十二時の扉

月蝕の仮面夜会で、時計が十二時を指した。

 仮面を外した王子サイラスは、エルノワ・リュミエルへ冷たい声を投げた。

「昨夜、私の寝室へ忍び込んだそうだな」

 隣のナネアが怯えたように身を寄せる。

「わたくし、扉の向こうでエルノワ様のお声を聞きました。殿下へ、婚約を早めてほしいと迫って……」

「節度を失った女を王妃にはできない。今ここで婚約を破棄する」

 扇の陰から、好奇の吐息が漏れた。

 エルノワは仮面を卓へ置いた。

「告発は、昨夜十二時、わたくしが殿下の寝室へ入ったという一点ですね」

「声まで聞かれている」

「扉は、声より正確です」

 招待客の中から、北方連邦の特使ユグラスが進み出る。王宮の魔法扉を調停条約に適合させた設計者でもあった。

 彼は寝室から外して運ばせていた小さな扉石を掲げた。

 王族の私室を開けた者の名と時刻を、一晩だけ記す石だ。ユグラスが指でなぞると、金文字が宙に浮いた。

 午前零時二分。入室者、ナネア・フィルド。

 それ以外の名はない。

 ナネアの仮面が床へ落ちた。

「彼女は相談に来ただけだ」とサイラスは早口で言った。

 ナネアは口を開きかけ、王子がすでに自分を切り捨てる目をしていると悟って閉じた。二人の言い訳より、扉石の金文字のほうが静かで、明瞭だった。

 エルノワは二人の声を、閉じた扉の向こうの音のように聞いた。五年の婚約期間、サイラスは彼女の部屋を訪れたことさえない。信頼していたからではなく、興味がなかったのだ。なのに今夜だけ、彼は彼女の声を知っているふりをした。その空虚さが、どんな侮辱よりはっきり見えた。

「エルノワ、私は誘惑された。君への愛は変わらない。婚約破棄は取り消す」

「わたくしへの愛を、わたくしの不在中に決めないでください」

 ユグラスが手を差し出した。

「連邦の新大使館には、鍵を王族へ預けない執務室がある。外交官として来るなら、最初の扉はあなたが開ければいい」

 サイラスが名を呼ぶ。

 エルノワはサイラスに背を向けたまま、ユグラスの手を取った。