午前二時十三分のログ

銀行へのサイバー攻撃を止めた翌週、湊川礼司部長は全社会議で表彰された。

「侵入を予測し、私が封じ込めを指揮しました」

犀川叶絵は会場の最後列で拍手した。午前二時十三分、異常な通信を見つけ、顧客口座の系統だけを切り離したのは叶絵だった。湊川は電話に出ず、明け方になってから「勝手な遮断は処分対象だ」とメッセージを送ってきた。朝になって被害ゼロと分かると、湊川は叶絵の報告書を取り上げ、判断時刻と根拠を削り、自分の指揮記録へ変えた。

最大顧客の東央銀行から榎戸善仁CISOが来社し、表彰状を読む湊川へ尋ねた。

「最初に実行したコマンドは何ですか」

湊川は少し笑った。

「専門的すぎますので、詳細は担当から」

「あなたが指揮したのでしょう」

「全体方針は私が」

榎戸は叶絵を壇上へ呼んだ。叶絵は、感染端末を切るのではなく、認証サーバーを読み取り専用へ移したと答えた。端末を先に遮断すれば、攻撃者が仕込んだ自動削除が動き、侵入経路を失うからだ。

「午前二時十六分、なぜ一度だけ通信を戻した?」

「偽の管理者情報を掴ませ、接続先を特定するためです」

榎戸がスクリーンに監査ログを映す。操作者はすべて叶絵。湊川のアカウントは午前九時二分までログインしていなかった。

湊川は表彰状を握り締めた。

「部下の行動は管理職である私の成果でもあります」

榎戸は淡々と言った。

「ならば、電話に出ず、遮断を撤回しろと命じた責任もあなたのものですね」

次の画面には、銀行グループ全体の防御契約が表示された。五年総額四十億円。

「弊行は犀川さんの判断へ対価を払います。彼女を責任者にし、湊川さんの管理権限を外すことが契約条件です。君ではなく、彼女と仕事をしている」

社長は会議中に権限変更を承認した。叶絵の端末に通知が届く。

《全顧客環境・最高管理者 犀川叶絵》

《湊川礼司 アクセス停止》

叶絵が承認ボタンを押した午前十時四十三分、湊川の表彰状より先に、彼の管理者画面が真っ白になった。