午前零時の投票
午前零時、郁実のスマートフォンが連続で震えた。家族グループに母が投票を作っている。
祖母の通院担当
・火曜午前 郁実
・木曜午後 郁実
・土曜午前 郁実
弟には小さな子どもがいる。父は運転が苦手。母は腰が痛い。理由が並ぶたび、選択肢から郁実以外の名前が消えていった。
すぐに電話が来る。
「どの日なら休める?」
「どの日も無理」
「全部? 会社に相談くらいできるでしょう」
郁実はベッド脇の椅子に掛けていた紺のジャケットを見た。翌朝のプレゼン用だ。実家には、学生時代のカーディガンがまだ残っている。母は帰るたびそれを出し、「郁実は昔から我慢できる子」と言った。
「私に決まってから日を選ばせるのは、投票じゃないよ」
「じゃあ、誰が連れていくの」
「介護タクシーを調べた。病院の付き添いサービスもある」
「家族がいるのに、お金を払うの?」
「家族が倒れないために払うの」
母は「おばあちゃんがかわいそう」と言った。郁実の胸に、古い罪悪感が正確に刺さる。だが今夜は抜こうとせず、そのまま呼吸した。
投票には自由記入欄がなかった。郁実は新しい選択肢を追加する。
・外部サービスを予約する
そこへ自分で一票を入れ、調べた電話番号と料金を送った。
父が「半分出す」と返信した。弟も「送迎できる日だけ連絡する」と続いた。母だけが既読をつけない。
郁実は電話口で言った。
「私は月に一回なら付き添える。次は二十六日。それ以上は引き受けない」
「冷たい子になったね」
「我慢できる子をやめるだけ」
通話を切ると、投票結果は三対一になっていた。母も最後に「外部サービス」へ票を入れている。
謝罪はなかった。郁実も勝ったとは思わなかった。ただ、選択肢に初めて自分の都合が存在した。介護タクシーの予約画面を母へ送り、入力する場所だけ丸で囲む。予約そのものまでは代わらない。手伝うことと、引き受けることの境目を、最後の一押しに残した。
彼女はアラームを七時に合わせ、スマートフォンを伏せた。午前零時の家族会議は、それで終わりにした。