午前零時の透明傘
二十三時五十分。鬼頭環生はコンビニのレジで、香坂琴美から透明傘を差し出された。彼女の夜勤が終わるまで十分。高校卒業以来、七年ぶりだった。
アプリで琴美の写真を見つけたのは今朝。顔より先に、傘の白い柄へ巻かれた緑のテープで分かった。卒業式の日、環生が貸したものだ。右へ動かすとマッチし、琴美から〈今夜、返します〉とだけ届いた。環生は七年間、雨が降るたび同じ型の傘を買った。駅で待っていた彼女に会えなかった理由を、いつか説明できる気がしたからだ。だが連絡先を聞く勇気はなく、似た傘だけが玄関に増え、引っ越しのたび捨てた。琴美も雨の日だけ環生の名前を検索したが、同姓同名の多さを言い訳に一度も連絡しなかった。傘だけが、二人の待ち時間を濡らさず残した。雨脚はさらに強くなった。
「まだ持ってたんだ」
「妹の物置から出てきたの」
「俺、あの日ずっと待ってた」
「どこで?」
「体育館裏。傘に書いた」
琴美は眉を寄せた。
「何もなかったよ。私は駅で待ってた。環生が『改札で』って言ったって友達に聞いて」
「言ってない」
二人の間で、レジの読み取り音だけが鳴る。環生は傘の柄を回した。底のキャップが外れ、中から細く巻かれた紙が落ちた。七年前の字で〈体育館裏で待つ。友達じゃない返事がほしい〉。
妹が傘を借りた雨の日、紙は奥へ押し込まれたらしい。琴美は何度も読み、笑うように息を吐いた。
「遅いね」
「七年は遅い」
「私、来週この町を出る。結婚する人と暮らす」
環生のアプリに、九分前のメッセージが遅れて届く。店の無料回線が切れていた。
〈あの日の理由を聞けたら、ちゃんと次へ行ける〉
琴美は紙を傘へ戻し、レジ袋に入れた。
「これは返す。答えも、もらったから」
「幸せにな」
「それを七年前に言われなくてよかった」
零時、交代の店員が来た。外は強い雨だった。環生は傘を買い取る代わりに、七年前の待ち合わせを持ち帰ることにした。
彼は透明傘を開き、琴美とは反対側の歩道へ歩き出した。