午後六時の迷路
午後六時、文化祭の終了を告げるチャイムが鳴った。教室いっぱいに組んだ段ボール迷路は、客がいなくなると急に頼りなく見えた。黒い布の隙間から蛍光灯が漏れ、昼間は本物に思えた行き止まりも、裏側のガムテープまで見えている。
弥生は入口の暗幕を外し、夏芽は壁に貼った矢印を剥がしていた。二人のあいだに会話はない。
昼過ぎ、迷路の中で弥生は息ができなくなった。暗さと人の声が重なり、足が動かなかった。夏芽は決められた順路を無視し、〈出口〉の矢印を逆向きに貼り替えて、最短で彼女を外へ出した。
そのせいで客の流れがぶつかり、十分間運営が止まった。クラスは部門賞を逃した。結果発表で名前が呼ばれなかった瞬間、教室には重い沈黙が落ちた。事情を知らない皆が夏芽を責めたとき、弥生は黙っていた。助けられたことを話せば、自分の弱さまで教室にさらすことになると思った。教室へ戻った夏芽は、誰にも言い返さず、曲がった案内板を直していた。その横で弥生は水を飲み、落ち着くのを待った。守られた直後に、守った人を一人にした。その事実が、片づけのたびに剥がれるテープの音より大きく胸に残っていた。
夏芽が最後の矢印へ手を伸ばした。白い文字で〈出口〉と書かれた板。端には、急いで貼り替えたときの指の跡が残っている。
弥生はその手を止めた。
「それ、少し貸して」
板を受け取り、裏返す。マーカーで、
〈矢印を変えたのは、私を外へ出すためです。明日のホームルームで私が説明します 弥生〉
と書いた。字は途中から震えたが、書き直さなかった。
夏芽は板を見て、短く息を吐いた。
「明日、来られる?」
「怖いけど、来る」
それだけで十分だった。
二人は出口の板を黒板の中央へ貼った。賞を取り戻すことはできない。今日の沈黙もなかったことにはならない。それでも、明日どちらへ歩くかは決められる。
段ボールの壁を一枚ずつ畳み、教室の外へ運んだ。廊下の先には本当の非常口があり、緑の灯りが点いていた。
弥生は夏芽の半歩後ろではなく、隣を歩いた。