卒業式の席

伊駒千景は、高校へ通った記憶を買った。

病気で十二歳から十八歳までを無菌病棟で過ごした千景には、同級生も文化祭もなかった。退院後、就職面接で「学生時代に力を入れたこと」を聞かれるたび、空白が傷のように開いた。病気を説明すると、相手の顔に同情が浮かぶのも嫌だった。

そこで標準青春パックを購入した。教室のざわめき、部活帰りの夕焼け、試験前の徹夜、卒業式の涙。複数の売り手の記憶をAIが一人分に編集した商品だった。

面接で千景は、吹奏楽部の仲間と衝突しながら大会を目指した話をした。自分の胸にも達成感があり、嘘をついている感覚はなかった。採用され、同期との会話にも困らなくなった。

ただ、街で制服姿を見ると、知らない名前を呼びたくなった。夢の中では校舎の廊下が途中で別の学校へつながり、親友の顔が毎晩変わった。

会社の同窓会企画で「母校の写真を登録してください」と言われ、千景は初めて、自分の卒業式に場所がないことを思い出した。

販売会社へ問い合わせると、青春パックの素材提供者の多くは、生活費のため学生時代を売った若者だった。彼らは卒業証書を持っていても、友人の顔を思い出せない。

千景はパックを削除しようとしたが、六年間使った記憶は自分の体験と結びつき、分離できなくなっていた。

彼女は退職し、病院の学習支援員になった。面接で語った部活動経験は役に立たなかったが、病室から動けない子どもが「学校の話をして」と頼むと、千景は買った記憶を隠さず話した。

「これは誰かの夕焼け。これは別の人の失敗。私のものじゃないけど、今は私の中にある」

やがて退院した子どもたちが、病棟で小さな卒業式を開いてくれた。紙の花、音の外れた合唱、サイズの合わない帽子。千景は卒業証書を受け取り、本当に泣いた。

その涙はパックに含まれていなかった。

彼女は失った六年間を埋めたのではない。借り物の過去を足場にして、二十七歳から通える学校を、自分で作ったのだった。