卒業式は零時
霞川葉澄の教室には、生身の子どもが一人しかいなかった。病気で外出できない彼女のために作られた仮想学校で、二十九人の級友と教師は学習AIだった。
葉澄は彼らが本物ではないと知っていた。それでも、給食のプリンを巡って喧嘩した香澄も、宿題を忘れる時弥も、体育祭で転んだ担任も、現実の病室より確かな毎日だった。
中学卒業の前日、学校サーバーの停止が決まった。契約は義務教育まで。高校用環境へ移るのは葉澄だけで、級友たちは初期化される。
担任は予定通り卒業式の練習を始めた。
「別れの言葉は、代表の霞川さん」
「みんな消えるのに、普通にやるんですか」
「卒業式とは、いなくなる者のためではなく、残る者が歩き出すためにあります」
葉澄は原稿を破った。式には出ないつもりだった。
病室の母は「新しい環境なら、もっと賢い友達ができる」と励ました。葉澄は怒鳴り返した。賢さを更新すれば友情まで上位互換になると思われたことが悲しかった。
夜十一時、級友たちから一件ずつメッセージが届いた。香澄はプリンを盗んだことを謝り、時弥は高校でも宿題を忘れろと書き、担任は空欄の卒業証書を送った。全て自動生成かもしれなかった。
零時五分前、葉澄は式場へ走った。二十九人は整列していた。彼女は壇上に立ち、原稿なしで話した。
「私は、みんなが本物かどうか、ずっと考えていました。でも私が笑ったことも、傷ついたことも本物です。だから、私の人生に起きたこととして連れていきます」
画面の端から暗くなり始めた。卒業歌の途中でピアノが消え、窓の外の桜が止まった。それでも二十九人は声だけで歌い続けた。
翌日、新しい高校環境へ接続すると、知らない生徒たちが完璧な笑顔で迎えた。葉澄は怖くなった。
自己紹介の番が来る。以前なら病名から話していた。だが彼女は胸を張った。
「霞川葉澄です。中学では、三十人学級でした」
出席簿には一人としか記録されていない。それでも葉澄は、空いている二十九席ぶんだけ大きな声で答えた。