反対側のホームへ
終電が出たあと、駅の車掌室に古い郵便差入口が現れた。
手紙を入れると、同じ月日、同じホームに立つ別の年の誰かへ届く。
高校生は、学校へ行けなくなった夜に駅へ来ていた。
教室へ戻れない自分を、家族は怠けていると思っている。
終電後のホームで、宛名もなく書いた。
「ここから遠くへ行きたいです。
でも、どこへ行けばいいか分かりません」
差入口へ入れる。
翌朝、ホームのベンチに古い葉書があった。
消印は八十年前。
「私も、明日この町を出ます。
疎開先は山の村です。
遠くへ行きたいのではなく、家へ残りたいです」
同じ駅にいた少女からだった。
高校生は返事を書く。
「未来の町は残っています。
駅前に図書館と大きな薬局があります。
桜の木は一本だけです」
葉書は翌朝届く。
「桜が残るなら安心、と書きたいけれど、私は今日が怖いです。
未来があるから我慢しろと言われるのは嫌です」
高校生は、戦争の時代の少女より自分の悩みが小さいと思っていた。
しかし相手は比較を拒んだ。
二人は、今日のことだけを書いた。
少女は荷物へ本を一冊隠した。
高校生は保健室まで行き、教室へ入れず帰った。
少女は疎開先で方言を笑われた。
高校生は家で父へ、
「明日は休みたい」
と言えた。
ある日、少女から長い手紙が届いた。
「駅を出る朝、母が追いかけてきました。
帰れとは言わず、私の髪を結び直しました。
あなたにも、出るか残るかを決める前に、髪を直してくれる人がいますか」
高校生には、毎朝無言で朝食を置く母がいた。
理解していないと思っていた。
その夜、母へ手紙のことは言わず、
「学校へ行かない日も、朝ご飯を作るのはなぜ」
と尋ねた。
母は、
「食べないことと、行かないことは別だから」
と答えた。
初めて、二人で学校以外の一日について話した。
少女への最後の手紙に書く。
「私はすぐ教室へ戻りません。
図書館の学習室へ週二日行くことにしました。
遠くではなく、今日行ける場所です」
返事は来なかった。
八十年前の同じ日が過ぎたのかもしれない。
春、駅前の桜が咲いた。
高校生は葉書を持って木の下へ行った。
幹の裏に、小さく二人分の名前らしい傷がある。
誰の物かは分からない。
過去の少女が無事に戻ったか、確かめなかった。
未来を保証するための往復ではなかった。
同じホームで怖がった人がいたと知り、今日の行き先を一駅ぶん選ぶための手紙だった。