取っ手の向く席

祖母の白いカップは、家族の集まりでいつも最後に出された。

縁が欠け、花柄も薄れている。

誰も使いたがらないので、祖母自身がそのカップで紅茶を飲んでいた。

祖母の四十九日、親族が家へ集まった。

母は料理を運び、叔父は相続の話をし、従姉は子どもを追いかけた。

皆が忙しく話しているのに、食卓の端に座る祖父だけが黙っていた。

母が祖母のカップへ紅茶を注ぐと、取っ手が一人で回った。

祖父の方を向いた。

祖父は「いらん」と押し返した。

すると取っ手は、今度は母の方へ向いた。

母も驚いて手を引いた。

カップは、食卓でいちばん寂しい人へ取っ手を向けるらしい。

相続の話が続く間、取っ手は何度も向きを変えた。

父の写真を処分するか迷う叔父。

離婚したことをまだ誰にも言っていない従姉。

料理を失敗しないことばかり気にする母。

笑っている人の方を向くこともあった。

「全員じゃない」

叔父が言った。

「この家、寂しい人しかいないのか」

祖父が初めて笑った。

家族は一人ずつ、カップから紅茶を飲むことにした。

取っ手が自分へ向いたら、何か一つ本当のことを話す。

叔父は、祖母の家を売りたくないと告白した。

従姉は、離婚して実家へ戻りたいと言った。

母は、皆が帰ったあと一人で家を片づけるのが怖いと言った。

最後に取っ手は祖父へ向いた。

祖父は長く黙り、

「ばあさんがいないと、紅茶がまずい」

と言った。

それだけで、皆が泣いた。

家はすぐには売らないことになった。

従姉と子どもが一時的に住み、母と叔父が交代で片づける。

祖父は毎週、紅茶を飲みに来る。

白いカップは食器棚の中央へ移された。

家族が集まるたび、取っ手は誰かを選んだ。

子どもへ向く日は、「宿題が嫌だ」という程度の寂しさだった。

祖父へ向く日は、何も言わず紅茶を注いだ。

ある春、取っ手は誰の方も向かず、食卓の中央で止まった。

祖父が新しい茶葉を持ってきて、従姉の子どもがケーキを焼き、叔父が皿を洗っていた日だった。

「今日は、ばあさんが飲みたいんじゃないか」

祖父はそう言って、空いた席の前へカップを置いた。

湯気が欠けた縁からゆっくり上がった。

誰も寂しくないわけではない。

ただ、その寂しさを一人で持つ席が、もうなくなっていた。