合鍵は一つでいい

瑛子は、一人暮らしに向いていない。

鍵をなくすし、宅配便を受け取れないし、夜中に具合が悪くなる。だから家賃を折半して、私名義の部屋で一緒に暮らすことにした。合鍵は一つしか作らなかった。瑛子が持ち歩くと危ないので、玄関横の植木鉢の下へ置いた。

「これなら、巴がいないときも入れるね」

そう言ったくせに、瑛子は暗証番号式の鍵に替えたいと言った。数字は漏れるから駄目だと教えた。友達を泊めたいという願いも断った。知らない人を家へ入れる危険を、彼女は分かっていない。

もう一つ、郵便受けの名札は私の名前だけにした。瑛子の母親が住所を探していると聞いたからだ。届いた郵便は私が開け、必要なものだけ渡した。転職先からの書類も、勤務時間が遅すぎたので辞退の返事を出した。

私は世話を焼きすぎる。瑛子はよくそう言った。

けれど、彼女が仕事で遅くなるたび植木鉢の鍵を部屋へ戻したのは、防犯のためだ。玄関前で何時間も待った翌朝、瑛子は私を見ずに「次はホテルに泊まる」と言った。私は泣いた。友達なのに、帰る場所を別にするなんて残酷だ。

その月末、瑛子が荷物をまとめた。

「家賃、半分払ってるのに、私の家じゃなかった」

私は契約者が私であることを説明した。家具も食器も選ばせてあげたし、掃除の予定も作った。彼女が生活できたのは私のおかげだ。

瑛子は黙って、スマートフォンの画面を見せた。管理会社とのメールだった。家賃は七万円。私は毎月、瑛子から六万円受け取っていた。光熱費を考えれば妥当だと言うと、彼女は次の画面へ進んだ。

スマートロックの臨時設置記録。私が出張中、管理会社が調べた入退室履歴には、瑛子の不在時にも私が何度も彼女の部屋へ入っていた時刻が残っていた。

「忘れ物を探してあげただけ」

その説明を最後まで聞かず、瑛子は鍵を机へ置いた。

植木鉢の下に戻す必要はない。彼女の荷物はもう、私の確認できる場所にはなかった。

翌週、空室になった部屋の郵便受けへ、新しい名札を貼った。

私の名前の下には、まだ決まっていない次の同居人の分まで余白を空けておいた。