四畳半の縮尺一分の一
深町理央は、模型の角が一ミリずれるだけで眠れなくなる建築士だった。
勤め先では集合住宅の設計を担当し、帰宅後も机に向かう。四畳半の部屋には、白い模型とカッターと定規が並び、人間がくつろぐ場所は布団一枚ぶんしかなかった。
子猫を拾ったのは、模型材料を買った帰りだった。
資材店の裏で、細長い金属定規にじゃれついていた。店員が保護先を探していると聞き、理央は「一晩だけ」と抱えて帰った。
名前は迷わず「定規」にした。
定規は、直線を尊重しなかった。
紙の壁を前足で倒し、模型の樹木をくわえて走り、乾燥中の屋根に足跡をつけた。理央が床へ置いた三角スケールは、夜のうちに冷蔵庫の下まで運ばれた。
「これは遊びじゃない」
叱ると、定規は机の下から顔だけ出し、瞬きをした。
最悪だったのは、提出前夜だ。
理央が作った中庭の模型へ飛び込み、植栽を三本倒し、ベンチを斜めにした。追い出そうと抱き上げた拍子に、今度は理央自身が外壁を折った。
疲れと怒りで、しばらく何も言えなかった。
定規は床へ下ろされると、壊れた模型のそばへ座った。倒れた木を鼻で押し、斜めのベンチの前で丸くなる。
上から見ると、そこだけ妙に暮らしがあった。
完璧に平行だったベンチより、少し傾いた方が、人が話す姿を想像できる。木も三本並べるより、一本を外した方が中庭へ光が入る。
理央は模型を作り直さず、壊れた場所だけ整えた。
翌日の打ち合わせで、先輩が言った。
「この中庭、前よりいいね。誰かが使ってる感じがする」
「猫が監修しました」
冗談のつもりだったが、声は少し誇らしかった。
定規は正式に同居することになった。
机の上へは上がらないよう、窓辺に専用の棚を作った。寸法はきっちり測ったのに、定規は棚ではなく、その下に入っていた段ボールを選んだ。
「設計意図を説明してもいい?」
猫は箱の縁へ顎をのせ、欠伸をした。
理央はその晩、仕事道具を片づけ、床に座って猫じゃらしを振った。定規は四畳半を斜めに走り、布団へ飛び込み、また戻ってくる。
まっすぐでない軌跡が、狭い部屋を思ったより広くした。切った紙の乾いた匂いに、猫の温かな毛と、淹れ直した珈琲の香りが混じっていた。