型番のない金型

家電メーカーの金型返還会議で、越智田晴玖は樹脂成形会社の生産管理担当として本社へ来ていた。十年間作り続けた炊飯器の外装部品が生産終了となり、元請けの国府田購買部長は金型を無償で引き渡すよう求めた。

「図面も製品も当社のものだ。金型も当然、当社資産だ」

資産引渡書には評価額ゼロ円。晴玖の会社が保管費を負担し、修理もしてきた金型だった。

国府田は、初回注文書の「治工具費込み」という一文を根拠にした。製品単価へ金型代を含め、元請けが分割で支払ったという説明である。

晴玖は十年前の見積書を出した。製品単価百八十円の内訳に治工具償却はない。金型製作費一千二百万円は別項目で、「下請け負担、所有権は受注者」と記載されていた。

国府田は、その見積は採用されていないと言った。

晴玖は金型台帳を開いた。元請け資産なら、資産番号が刻印され、棚卸確認が毎年必要だ。しかし問題の金型には資産番号がない。元請けの固定資産台帳にも登録されていなかった。

一方、晴玖の会社の台帳にはK-0472として取得し、減価償却し、固定資産税を十年払った記録がある。修理履歴にも自社社長の承認印が連続していた。

国府田は声を落とした。

「返さなければ、次の機種は別会社へ出す」

晴玖の父でもある社長は、一千二百万円はもう償却済みだから譲ってもよいと呟いた。

晴玖は引渡書のゼロ円を指した。

「償却が終わることと、所有者が変わることは同じではありません」

晴玖は金型の保管写真も示した。温湿度管理、錆止め、三度の溶接補修に、十年間で四百万円以上を自社負担している。国府田は保管を頼んだだけだと言ったが、依頼書には「受注者所有物につき維持管理を委ねる」と本人の署名があった。

元請けの担当者が資産番号欄へ後から「K-0472」と書き込もうとしたが、晴玖はその番号が自社台帳の番号だと指摘した。所有を示す証拠まで、下請けから借りるしかなかった。

元請け法務が資産台帳の照会を命じた。番号を持たない金型は、ゼロ円の引渡決裁へ入ることができなかった。