墓地の門が閉まる前に

 墓地の門が閉まるまで、あと十三分だった。

 古賀羽澄が母の墓前で線香を片づけていると、鳴海慎平が白い花を持って現れた。

「今さら来たの」

「命日にしか来る資格がない気がして」

「今日だってないよ」

 三年前、母の葬儀に慎平は来なかった。

 当時、二人は結婚を考えていた。けれど羽澄の父は、転職を繰り返す慎平を嫌い、葬儀に顔を出すなと電話した。慎平はそれに従い、理由も告げず、ただ〈邪魔しないほうがいいと思う〉とメッセージを送った。

 羽澄は火葬場でその一文を読んだ。黒い服の親戚に囲まれ、スマートフォンを何度も伏せた。父には平気な顔をし、帰宅してから一人で慎平の名前を着信拒否へ入れた。

いちばん隣にいてほしい日に、彼は家族の反対より先に自分から消えた。

「邪魔しないって、優しさだと思ってた」

「逃げただけでしょ」

「うん」

 慎平は言い返さなかった。転職先を決め、三年同じ会社に勤めていることも、父へ何度か手紙を書いたことも、羽澄は共通の友人から聞いていた。本人から聞くまでは知らないふりをした。

 雨が落ち始め、石の色が濃くなる。

 羽澄は傘を一本しか持っていない。門の管理人が、遠くから閉門を知らせた。

「お父さんに言われたこと、あのとき話せばよかった」

「話したら、私は来てって言った」

「だから言えなかった」

「それが裏切りなの」

 慎平は花を墓前へ置いた。

「今も、邪魔なら帰る」

「また私に言わせるんだ」

「決めたくない。今度こそ」

 線香の煙が雨に押し下げられる。母なら何と言うだろう、と考えかけてやめた。今度こそ、自分の答えを誰かに預けたくなかった。

 羽澄は彼をまだ好きだった。けれど好きと言えば、葬儀の日に待っていた自分が、簡単に慰められてしまう気がした。

 門が半分閉まり始める。

「邪魔じゃない」

 慎平が顔を上げる。

「でも、それだけじゃ足りない」

「何て言えばいい?」

「言葉じゃなくて、残って」

 二人は急いで門を出た。外には屋根がなく、雨脚が強くなる。慎平が濡れたまま一歩離れる。

 羽澄は傘を彼の側へ傾けた。

「邪魔じゃなかった。来てほしかった。あの日も、今日も」

 バス停へ向かう道で、羽澄は傘の柄を一人で持たず、慎平の手へ半分渡した。次のバスが来ても、先に乗らなかった。