外部記憶庫の幼年期

梶尾理津は、息子の幼年期を外部記憶庫へ預けていた。

三十代で司法試験を目指したとき、脳の学習容量を空ける必要があった。保管したのは、息子の叶人が二歳から七歳までの五年間。合格したら戻すつもりだった。記憶は消えずに冷凍保存され、月額料金さえ払えばいつでも再接続できる。

理津は合格し、忙しい弁護士になった。返却手術には一週間の休暇が要る。来月にしよう、事件が終わってからにしようと延ばすうち、叶人は高校生になった。

ある日、記憶庫の運営会社から通知が届いた。

〈経営破綻に伴い、保管データを九十日後に廃棄します〉

理津は慌てて返却を申請したが、利用者が殺到し、予約は取れなかった。政治家や富裕層の記憶から優先的に救出され、個人の育児記録は「低経済価値データ」に分類された。

廃棄の日、理津は何も失った感覚がなかった。もともと脳にはなかったからだ。ただ、二度と取り戻せないと知った瞬間、胸の中に五年分の形をした空洞ができた。

「僕が覚えてるよ」

叶人はそう言った。

彼は、理津が怪獣の声で絵本を読んだこと、熱いラーメンを一本ずつ冷ましてくれたこと、保育園の門で毎朝泣いていたのは自分ではなく母の方だったことを話した。

理津は何度も驚いた。

「私が?」

「うん。今と全然違う」

その言葉は責めているようにも、懐かしんでいるようにも聞こえた。

理津は息子の話を録音しようとした。叶人は端末を押し戻した。

「また外に預けるの?」

理津は手を止めた。

それから二人は、毎週日曜日に一時間だけ散歩をした。叶人が昔を話す日もあれば、何も話さない日もあった。理津は記録せず、ただ聞いた。同じ話を忘れて二度尋ねることもあったが、叶人はそのたび少し違う言い方で教えた。

大学進学の日、叶人は古い靴箱を渡した。中には幼い字の手紙や、折れたクレヨン、母子で写った写真が入っていた。

「返却する」

理津は写真の中の自分を知らなかった。けれど、叶人の手から箱を受け取る自分の震えは、確かに覚えていられると思った。

失った幼年期は戻らない。

代わりに理津は、息子から自分の母親時代を教わりながら、これからの母親になっていった。