夜明け前の返品口
返品倉庫には、売れ残った季節が箱で戻ってくる。午前三時、夏物衣料に混じって、一箱だけ冬のように冷たい銀色のケースがあった。
有働美緒は返品の検品を任されていた。送り状には「未使用の電動工具」。だが箱の底がわずかに膨らみ、持ち手の隙間から甘い薬品臭がする。
「開けて型番を見よう」
新人がカッターを出した。美緒は手首を押さえた。
「切らない。バッテリーが膨張してるかもしれない」
箱を傾けると、中で硬いものがゆっくり滑った。固定材が外れている。刃を入れれば、内部の電池へ届く可能性があった。
夜間責任者は「外へ出しておけ」と言ったが、返品口の外には雨が降っていた。濡れた電池を金属台車で運ぶほうが危険だ。美緒は周囲の衣料品を遠ざけ、箱を動かさずに隔離区画を作った。防火シートを広げ、温度計を側面へ当てる。三分で一度上がった。美緒は時計の写真を添え、測った位置も箱に印を付けた。数字だけ残しても、次の人が別の面を測れば比較にならない。
「返品じゃなく、事故品として受けます。運送会社にも触らせないで」
彼女は送り主へ電話した。話を聞くと、工具が動かなくなり、充電器ごと箱へ押し込んだという。電源コードは抜いたが、バッテリーは本体に差したまま。返品理由の「未使用」は、ほとんど使えなかったという意味だった。
美緒は消防への連絡基準を確認し、温度を一分ごとに記録した。上昇が続けば退避する。十分快適な倉庫内に置き続ける選択はしない。専門業者が到着するまで、搬入口を一つ閉鎖し、ほかの返品を反対側へ回した。遠回りを嫌がる作業員には、箱ではなく通路のほうが燃えた場合の退避経路を示した。
四時十分、耐火容器へ移された箱は、かすかに熱を持っていた。新人が青ざめた顔でカッターをしまう。
「ただの返品だと思いました」
「戻ってくる理由は、箱に書いてあるとは限らない」
雨が弱まり、返品口のシャッターを半分開けた。外には、未使用品と印刷された箱を山積みにしたトラックが待っていた。
美緒は新しい検品票の最上段に、匂いと変形を確認する欄を一本足した。夜明け前の返品は、まだ一台分残っていた。