大人になったら
十七歳の針生つむぎは、匿名作曲家〈T〉として五十二曲を書いた。
表では、すべてプロデューサー滝江丈の作品だった。
滝江は「未成年の名前ではスポンサーがつかない」と言い、つむぎの制作端末も報酬も管理した。功績を返してほしいと訴えるたび、「十八になれば考える」と笑って先延ばしにした。
十八歳の誕生日、その午前零時に始まる音楽賞で、滝江の新曲が初演された。つむぎは客席ではなく、舞台裏の機材室にいた。滝江が「自分の集大成」と呼ぶ曲も、彼女が書いた。
イントロは子どもの玩具ピアノ。Aメロには、過去五十二曲の一音目だけが順番に並ぶ。滝江は中央で指揮をし、カメラへ得意げに笑った。
合成声が歌う。
「大人になったら」
それは約束のように聞こえた。客席では、成長をテーマにした感動的な歌だと思われている。
サビでテンポが二倍になる。スクリーンに制作画面が映り、ノートが一つずつ置かれていく。操作時刻はいつも深夜。端末名は〈TSUMUGI-ROOM〉。カーソルの動きまで、つむぎの左利きの癖を示していた。
滝江が舞台袖へ合図する。
「映像を切れ!」
だが機材室のつむぎは、最後の認証を待っていた。時計が二十三時五十九分五十九秒から、零時へ変わる。
再び声。
「大人になったら」
滝江はその言葉を、先延ばしの道具にしていた。つむぎは同じ言葉を、公開時刻の鍵にした。成人になった瞬間だけ、自分の生体認証で原本を開ける設定だった。
最終サビ。五十二曲の契約書が画面へ並ぶ。保護者欄の署名は、滝江が偽造した同じ筆跡。匿名名義〈T〉の登録履歴は、すべてつむぎの端末へつながっている。
最後の一音で、作曲者欄が更新された。
〈針生つむぎ〉
滝江がマイクを掴む。
「子どもの悪戯だ!」
つむぎは舞台へ出て、彼から指揮棒を受け取らずに言った。
「大人になったら」
最後だけ、それは未来の約束ではなかった。
たった今、大人になった者が、過去を返してもらうために鳴らした開始の合図だった。