大猪に三歩譲る壁
丘陵のモード村では、実りの直前になると大猪が麦畑へ突っ込んだ。狩人を雇っても一夜しか守れず、農家は毎年、収穫の三分の一を諦めていた。
農政官ベリクは、村を囲うのではなく、猪が入る南斜面に腰高の石壁を築くことにした。ただし獣道そのものは三歩分だけ空け、畑から離れた森へ曲げる。
「全部塞げば、猪は壁を壊します。通る場所を残し、麦からだけ遠ざけます」
負担は耕作面積十畝につき銀貨一枚。休耕地と共同墓地はゼロ。借地農の分は土地の持ち主が払い、小作料へ上乗せしてはならない。石積み一日で五畝分を相殺でき、徴収額、作業日、壁の担当区画は広場の地図へ色分けした。
地主の一人が低く笑った。
「面積で取れば、広い土地を持つ者ほど損ではないか」
「守られる麦も多い。収穫一袋あたりの負担は同じです」
数字を確かめた農家たちは、翌朝から自分の区画へ石を運んだ。畑のない猟師コルドも、獣道を曲げる位置を見定めるため無償で歩いた。
「猪を殺し尽くせば、次は狼が畑へ来る。三歩の道を残す案なら手を貸す」
壁は華美ではなかった。畑側は真っ直ぐ、森側は緩く曲がり、大猪の鼻が自然に空いた道へ向く形だった。
区画ごとに石の高さが違わぬよう、ベリクは一本の縄に目印を付けて貸し回した。広い畑を持つ家も小さな畑の家も、壁の上端だけは同じ線になった。途中、地主が自分の畑前だけ一段高く積もうとしたが、隣の農家が地図を示して止めた。『高くすれば猪はうちへ曲がる』。地主は黙って石を外し、その石を共同の獣道側へ運んだ。
収穫前夜、地面が震えた。黒い巨体が突進し、壁の前で立ち止まる。左右を探り、三歩の隙間を見つけると、石を崩さず森へ抜けていった。後ろの群れも続いた。
朝、麦穂は一本も倒れていなかった。
村の子が壁の内側に、小さな蕪の種を一列まいた。木札には稚い字でこうある。
――ここは人の畑。あちらは獣の道。
最初の種へ土がかけられ、三歩の隙間を朝風だけが通った。