太鼓の中の声

音響機器メーカーの柏瀬祐悟は、耳守郷の「耳塞ぎ太鼓」で遮音性能を測定した。二十七歳。祭りの参加者は耳栓をし、夜通し打たれる大太鼓を身体だけで聞く。

祐悟の父は太鼓職人で、耳守郷から届いた古い革を張った直後に失踪した。死亡扱いになったのは七年後で、遺体は見つかっていない。今回使われる大太鼓の製作者欄には父の名があり、完成日は失踪した翌日になっていた。祐悟は事実確認のためにも参加を断れなかった。

保存会の音声資料は、冒頭で一つだけ警告する。

《小太鼓が止んでも、鶏の声がするまで耳栓を外してはいけない》

大太鼓の低音は耳ではなく歯と胸骨を揺らし、境内の砂に同心円を作った。輪の中心だけ砂が盛り上がり、人が内側から呼吸するように上下していた。

午前三時、小太鼓が止んだ。大太鼓も沈黙し、境内には耳栓越しの呼吸音だけが残った。祐悟は本物の鶏が鳴く時刻を測るため、スマホに鶏声のアラームを設定していた。

三時十五分、ポケットの中でアラームが震えた。画面には「コケコッコー」の文字。祐悟は条件を満たしたつもりになり、一度だけ耳栓を外した。

太鼓の革の内側から、父の声がした。

「祐悟、開けてくれ」

父は十年前に亡くなっている。大太鼓の縁が内側から膨らみ、指の形が五本浮いた。祐悟は耳栓を戻した。直後、山の麓から本物の鶏が鳴き、参加者たちは一斉に耳を開けた。

帰宅後、測定データには人の声が混じっていた。周波数を除去しても、父が「太鼓の中は狭い」と繰り返す。祐悟はファイルを消し、祭りの報告書には機器不良と書いた。

その間、家の壁は毎晩午前三時十五分に低く震え、耳を当てると内側から爪で革を掻くような音がした。

一週間後、知らない番号から着信した。迷惑電話対策アプリが自動応答し、用件を文字にする。相手の声は聞こえなかったが、画面には父の言葉が現れた。

《迎えに来た。祐悟を出してくれ》

祐悟が電話を切ろうとすると、アプリが勝手に返答した。読み上げ音声は、登録した覚えのない祐悟自身の声だった。

《柏瀬祐悟は現在、太鼓の中におります》

その瞬間、着信画面の発信元表示が変わった。

《自宅》