婚姻届の余白

証人欄が二つとも空白の婚姻届は、十三階で受理する。

市役所の窓口では、祝日の案内と同じ調子で説明される。二人は別々のエレベーターに乗り、同じ時刻に十三階へ着かなければならない。届出人は互いの名前を呼ばず、証人欄に現れた名前を読んではいけない。地上へ戻ったとき、先に相手の顔を思い出したほうが届書を提出する。

真砂部恭介と恋人には、証人を頼める相手がいなかった。

喧嘩したわけではない。二人とも親と疎遠で、友人には結婚を知らせていない。静かに暮らすには都合がよかったが、用紙の余白だけが二人の孤立を白く示していた。

「十三階で出せますよ」

窓口係は祝福するように笑った。

恭介は東側、恋人は西側のエレベーターへ乗った。十二階を過ぎると照明が消え、扉の鏡から自分の姿だけが抜け落ちた。十三階で降りると、細長い待合室の両端に二つの窓口があった。

相手は見えているのに、名前が思い出せなかった。

係員はいない。中央の机に婚姻届が二枚あり、どちらにも二人の署名が済んでいる。証人欄には墨がにじみ、文字の形だけが脈打っていた。読んではいけない。

恭介は恋人へ手を振った。彼女も振り返した。呼び名がなくても、唇の癖と、困ると左肩を上げる仕草は分かる。二人は別々の紙を持ち、別々のエレベーターへ戻った。

一階へ着いた瞬間、恭介は彼女の顔を思い出した。しかし名前だけが戻らない。向こうも同じらしく、彼を見て笑い、それから泣いた。

規則では、先に顔を思い出したほうが提出する。どちらが先か分からない場合、二枚とも受理される。

窓口係は二枚へ判を押した。

「おめでとうございます。お二人は、それぞれ別の方と婚姻されました」

二枚の届書には、届出人の片方として互いの名前があるはずだった。だが、恭介には読めない。彼女も読めない。ただ、住所は同じだった。

二人は同じ家へ帰った。夫婦なのか、二組の他人なのか、確認する術はなかった。

食卓に置いた結婚指輪は二つとも内側へ名前が刻まれていた。読もうと指でなぞるたび、金属の輪は柔らかくほどけ、一本の長い余白になって二人の皿の間を白く横切った。