子ども口座を閉じる
銀行の窓口が閉まる三十分前、佳澄の父から電話が来た。
「お前名義の通帳、休眠になるらしい。こっちで解約して送金しておこうか」
父が生まれたときにつくった口座には、祝い金やお年玉が少しずつ入り、二十八年間ほとんど動いていなかった。残高は十八万六千円。大金ではないが、何に使っても言い訳が必要になる額だった。
机には二枚の紙があった。父が記入した解約委任状と、佳澄が迷っていた長距離歩行ツアーの申込書。海沿いを十日間歩く旅で、参加費は口座の残高とほぼ同じだった。
貯めておけば、将来の安心になる。使えば、十日後には足の痛みと写真しか残らない。
「送金先、いつもの口座でいいな」と父が聞いた。
佳澄は、子どものために貯めたお金を遊びに使うのか、と言われるのが怖かった。けれど、何のためのお金かを決めないまま保存し続けることも、父に決めてもらうことだった。
「委任状は使わない。通帳を送って。私が窓口へ行く」
父は面倒だぞ、と言った。それから、「使い道は?」と聞いた。
佳澄は正直に答えた。長い沈黙のあと、父は「足の豆に十八万か」と笑った。
電話を切り、佳澄はツアーの申込書に名前を書いた。雨天決行、途中離脱の返金なし。小さな字が急に大きく見えた。
数日後に届いた通帳の表紙には、幼い佳澄の名前が父の字で書かれていた。佳澄はそれを持って銀行へ行き、自分の署名で口座を閉じた。
振り込まれた金額をそのまま参加費へ移した。安心を減らした事実は消えない。それでも、足の痛みまで父の贈り物にはせず、自分が買った十日間として歩くことにした。
旅の三日目、佳澄の足には大きな水ぶくれができた。棄権すれば宿まで送ってもらえたが、返金はない。父から「十八万の景色はどうだ」とメッセージが来た。佳澄は絶景ではなく、ばんそうこうだらけの足を撮って送った。少し休み、また歩き出す。口座を残していれば買えたものを思い浮かべるたび、後悔は具体的になった。それでも一歩ごとに、使った金を父の判断ではなく自分の選択へ変えていった。