子のない嫁の暇
国府田文乃は、義父の遺産分けに呼ばれなかった。
義母の佐登美は言った。
「子どももいない嫁に、国府田家のものを残す意味はないでしょう」
自宅は長女の茅子、預金は次女の美都に渡り、夫の周作は母の老後資金まで姉たちに任せた。文乃には「口を出す立場ではない」と念書まで書かせた。茅子は受け取った家を賃貸に出し、美都は預金で車を買ったが、佐登美のための部屋も費用も残していなかった。
三年後、佐登美が要介護四と認定された。
茅子と美都は、介護ベッドのカタログを文乃の食卓へ持ち込んだ。
「子どもがいないんだから時間はあるでしょう」
「お母さんの家へ住み込んで。私たちは孫の世話で忙しいの」
周作も言った。
「姉さんたちは大変なんだ。文乃がやれば丸く収まる」
文乃はカタログの上に、あの念書を置いた。
《文乃は国府田家の財産、祭祀、扶養その他一切に関与せず、親族としての権利を主張しない》
作成者は茅子。立会人は美都と周作。佐登美の印もある。
「権利だけ放棄させる紙じゃないのよ」
茅子が吐き捨てた。
「普通は介護くらいするでしょう」
「私は、この紙どおり親族ではありません」
文乃は、退院支援担当から届いた確認書を開いた。娘二人が自宅と預金を受け取った事実、文乃が介護を拒否している事実、夫も同居を希望していない事実が記録されている。施設費は佐登美の残った年金だけでは足りず、受贈財産を持つ娘たちへ負担の相談が進められていた。
美都が周作を見る。
「弟なんだから、あなたが何とかして」
周作が文乃へ手を伸ばした。
「夫婦なら助け合うものだろ」
文乃はその手の前へ、別居届を置いた。
やがて担当者が入室し、介護ベッドの配送先を確認した。
「ご本人宅で交代介護をされるご家族は、茅子様と美都様でよろしいですね」
二人が否定するより早く、担当者は念書の作成者欄を見て、長女の住所を端末へ登録した。