宛名違いの応援箱
住吉野依の職場へ、〈白波郵便局 凪待ち様〉と書かれた箱が届いた。凪待ちは、野依が音楽ユニット〈波間標本〉を応援するときの名前だ。交換したグッズを受け取るため、配送先を一度会社近くの営業所に変更し、そのまま誤って勤務先を選んだらしい。
受付から連絡を受けた野依は、階段を駆け下りた。だが箱はすでに、物流課長の利根川千鶴が受け取っていた。側面には推しのソロ曲名、蓋にはファン仲間が描いた大きな波の絵。誰のものか調べるには十分すぎる。
「私です」
野依は小声で言った。
千鶴は宛名を隠すように伝票を折り、箱を会議室へ運んだ。途中で同僚に「何の荷物ですか」と聞かれると、「配送先誤り。個人情報があるので触らないで」とだけ答えた。
扉が閉まった途端、野依は謝罪した。
「処分します。会社にこんなものを送るつもりは」
「処分する必要はないでしょう」
千鶴は箱の底を見た。そこに小さく印刷された〈波間標本・ナギ〉のロゴを指でなぞる。
「私もナギ推し。凪待ちさんの交換募集、何度か見ています」
野依は椅子から立ち上がりかけた。職場では、音楽は配信で少し聴く程度と言っている。休日に百個の缶バッジを床へ並べ、交換表を作る自分は、仕事中の姿から遠すぎた。
千鶴は自分の社員証ケースを裏返した。透明ポケットの内側に、ナギの古いステッカーが一枚挟まっている。
「趣味は問題ではありません。勤務先を受取先にしたことだけ、次から気をつけて」
叱る場所を正確に分けられ、野依はかえって泣きそうになった。
昼休み、二人で箱を開けた。中身を見せるためではなく、破損確認のためだ。緩衝材の下には、交換相手からの短い手紙があった。
〈凪待ちさんの丁寧な対応に、いつも助けられています〉
野依はその一文を、会社の自分にも読ませた。交換表を作り、期限を守り、相手の希望を確認するのは、恥ずかしい別人格ではなかった。
帰宅後、配送先を自宅へ修正した。アカウント名は変えない。箱も捨てず、波の絵を内側へ折って持ち帰った。