寿命取引相談室・午後四時

【通話記録 16時02分】

相談員・八十島真虹:寿命取引相談室です。本日は、何年の売却をご検討ですか。

相談者・筧トメ:十二年。

真虹:現在七十三歳ですので、予測死亡年齢は七十八歳から六十六歳になります。契約成立時点で予測年齢を超えるため、即時清算、つまり通話終了後に死亡する可能性が高いです。

トメ:分かってるよ。

真虹:売却理由を伺えますか。

トメ:孫が店を始める。保証金が要る。

【16時11分】

真虹:お孫さんご本人は、この契約をご存じですか。

トメ:知ったら止める。だから電話してる。

真虹:第三者のための売却には、強要がないことを確認します。お孫さんから金銭の要求は。

トメ:ない。あの子は優しいよ。だから私が勝手にやる。

【16時23分】

トメ:あんた、声が若いね。何年売った。

真虹:相談員への質問は記録対象外です。

トメ:売ったんだろ。

真虹:……三年です。資格学校の費用に。

トメ:後悔してるかい。

真虹:毎日ここで、後悔している人と、していないふりをする人の話を聞きます。自分の答えはまだ分かりません。

【16時31分】

真虹:お店は何のお店ですか。

トメ:花屋。孫は、葬式の花ばかり作る町を変えたいってさ。

真虹:十二年を売れば、お孫さんは開店できます。でも最初に作る花が、あなたの葬儀用になるかもしれません。

トメ:それでも店は残る。

真虹:あなたが店頭に立つ未来は残りません。

【16時42分】

沈黙、二分十三秒。

トメ:あんた、契約を止めたいんだね。

真虹:止める権限はありません。私は、売ったあとの生活を具体的にしていただく役目です。

トメ:死んだあとは生活じゃないだろ。

真虹:残された人の生活です。

【16時49分】

トメ:じゃあ三年にする。店は小さくなるが、開ける。

真虹:三年でも重大な決定です。ご家族へ相談する猶予期間を――

トメ:あんたも相談しなかったくせに。

真虹:はい。だから勧めています。

【17時03分】

契約保留。家族同席相談へ変更。

【追記・六か月後】

筧トメは寿命を売らなかった。孫は商店街の空き店舗を借り、二人で花屋を始めた。開店資金は不足し、看板は手書きだった。

初日に相談室へ、小さな鉢植えが届いた。札にはこうあった。

〈午後四時にも咲く花です〉

八十島真虹はその日、自分が売った三年の買い戻し申請書を取り寄せた。価格は当時の四倍で、すぐには払えない。

それでも毎月少しずつ積み立てた。

相談室で初めて、誰かに売らせなかった時間が、自分の未来にも続いている気がしたからだ。