左手で結ぶ
茉白は右手で何でもきれいに仕上げた。贈り物のリボン、資料のホチキス、髪のひとつ結び。雑貨店のディスプレイ担当になってからは、左右一ミリのずれも直した。
本当は左利きだった。小学校で「お箸だけは右がいい」と直され、そのうち絵も文字も右になった。美術部で褒められた絵も、就職用のポートフォリオも右手で描いた。幼い頃、左手で描いた犬だけは、実家の冷蔵庫にまだ貼ってある。左手は、袋を押さえるだけの手になった。
春の店先に現れた旅人は、両方とも左手用の手袋をはめていた。背中のリュックには靴ひもばかりが房のように垂れている。旅人はプレゼント包装を頼み、茉白が金色のリボンを結ぶのをじっと見た。
「上手ですね。どちらの手が退屈していますか」
茉白は聞き返したが、旅人は答えず、リュックから緑の靴ひもを一本抜いた。
「今日一度だけ、苦手な手に最後まで任せてください」
「包装を失敗したら、商品が台無しです」
「商品でなくてもいい。髪でも、靴でも、扉でも」
旅人は茉白の完璧な蝶結びをほどき、自分で不格好に結び直した。輪は片方だけ大きく、端が床につきそうだった。それでも代金を払い、満足そうに店を出た。
閉店後、茉白は翌日の展示用に二十個の箱を包んだ。最後の一箱で、緑の靴ひもがポケットから落ちた。右手で拾い、いつもの幅に整えようとする。店内の鏡に、右肩ばかり力の入った自分が映った。左手は台の上で、次の指示を待つように開いている。
その箱は、店長が自由に作っていいと言った新企画の商品だった。自由と言われたのに、茉白は過去の売り場写真を見て、同じ色、同じ角度を選んでいた。売れる形から外れたら、任された意味を失う気がしていた。
彼女は右手を背中に回した。左手だけでリボンを掛けると、紙がずれ、結び目は中央から外れた。爪で押さえた跡も残った。やり直したくて指がむずむずする。誰にも止められていないのに、右手が勝手に正解へ戻そうとした。
けれど、斜めの輪は羽ばたく鳥のようにも見えた。
茉白は値札の裏に「片翼」と書いた。右手を出さないまま、左手だけでその箱をショーウインドーの中央に置いた。