帰り道のない勇者

勇者オズバル一行は、迷宮の二層で帰り道を失った。

「入口はこの角のはずだ」

 オズバルが三度目の同じ扉を開く。中には、さっき倒した石人形の破片が転がっていた。

 昨日まで荷物持ちのクレトが、曲がり角ごとに小さな真鍮札を置いていた。表には進行方向、裏には帰還方向。魔物が札を動かしても分かるよう、床の傷と壁の湿り気まで記録していた。

 しかし勇者は「目印を置くだけで分け前を取る卑怯者」と彼を追放した。新しい荷役係は、札が重いからと入口へ置いてきた。

「転移石を使え!」

「クレトが持っていた予備袋に……」

「予備袋ごと追い出したのか?」

 沈黙が落ちた。荷を軽くするため真っ先に捨てた袋には、食料より高価な帰還具がまとめられていた。だが誰も中身を確認せず、クレトの私物だと決めつけていた。

 足元には、さっき自分たちが捨てた松明の燃え殻があった。二度ではない。焦げ跡は四つ。同じ場所を四周したと知り、誰も勇者の勘を褒めなくなった。

 迷宮は同じ石壁を組み替え続ける。勇者の聖剣は魔王を斬れても、どちらから来たかまでは教えない。初戦で傷一つ負わなかった一行は、出口を探して食料の半分を使った。

 そのころクレトは、王立測量団の先頭で新しい洞窟へ入っていた。

「札は二枚一組です。片方を動かされても、もう片方との傷の向きで確認できます」

 地図師リィネは帰路で一度も足を止めなかった。

「迷わないことが、こんなに速いなんて」

「進む速さより、戻る手順を残すほうが大切です」

 帰路では新人が先頭を任された。それでも札の裏面を追うだけで、一度も迷わない。誰か一人の才能ではなく、全員が戻れる手順になっていた。

 測量団は予定の半日早く帰還し、発見した鉱脈の位置まで正確に報告した。団長はクレトへ《迷宮導標士》の銀札を渡す。

「荷物を背負う者ではなく、全員の帰路を背負う者だ」

 夜、勇者の使い魔が煤けた羽で飛び込んだ。

『迷宮の入口まで来い。真鍮札を持ってこい。戻れば分け前を元に戻す』

 文末には、命令だ、と太い字で付け足されている。

 クレトは新しい銀札を胸へ留め、返事を刻んだ。

『迷宮入口で追放を宣告された時点で、勇者一行との案内契約は終了しています』