帰る場所を覚えた転移石

転移石は、割れたら捨てる。それが迷宮街の常識だった。

それでもキリクは、ひびの入った青石を両手で抱えて修理店《帰路》へ来た。

「明日の探索で、これを使わなきゃならない」

彼は荷物持ちで、戦う力はない。危険が迫れば石を砕き、仲間全員を地上へ戻す役目だ。ところが前回の帰還で石に亀裂が走った。新品を買う金はなく、隊長からは「失敗すれば置いていく」と告げられている。前回、石が途中で止まり、全員が迷宮と地上の隙間へ一呼吸だけ挟まった。その一呼吸で白髪になった仲間もいる。戦えないキリクが隊に必要とされるのは帰還石を扱えるからだけで、壊れた道具を見せれば明日の席さえ失うはずだった。

店主バスティは、ひびへ接着剤を流さなかった。転移石の亀裂は、通った空間の地図そのもの。塞げば道を失う。

彼は青石を水へ沈め、細い割れ目に金砂を落とした。地上への経路だけが光り、迷宮内で迷った枝道は暗いまま残る。そこへ透明樹脂を重ね、道を固定した。

「修理というより、帰り道の整理です」

「本当に戻れるのか」

バスティは店の鍵を青石に触れさせた。試験用の小さな転移を起こすと、鍵が消え、入口の錠前へ差さった状態で現れる。次に石を裏返しても、棚の陰へ隠しても、鍵は同じ場所へ帰った。青石のひびに流した金砂が、細い道のように一度だけ明滅する。転移の後にも亀裂は増えず、石の温度はキリクの手と同じだった。

キリクは息を呑む。

「前より正確だ」

「石は場所だけを覚えていました。今は、あなたが帰りたい扉を覚えています」

青石の中心には、キリクが毎朝出入りする安宿の鍵穴が淡く映っていた。どれほど深い階層でも、もう隊長の指定地点ではなく、彼自身の帰る場所へ全員を運ぶ。

キリクは持っていた銅貨を数え、足りない分の代わりに荷運び札を置いた。

「今夜、店の薪を全部運ぶ。それで払わせてくれ」

「先に明日の分を寝てください。残りは帰ってから」

彼は石を胸へしまい、今度こそ戻る者の顔で去った。

扉が閉まる。

直後、錠前へ勝手に鍵が差さり、ちりん、とベルが鳴った。