幸せだった一時間
一夜市場の時計通りでは、失くした時間を量り売りしていた。五分の言い直し、半日の猶予、眠れなかった夜のやり直し。オルネが求めたのは、一時間だった。
「昨日の夕方、六時から七時までをください」
店主は砂時計を逆さにしながら答えた。
「過ぎた一時間を買い戻す代金は、あなたがこれまでで最も幸せだった一時間だ。戻った時間はやり直せるが、支払った時間は記憶から消える」
昨日の六時、セヴィは駅で待っていた。南へ行く列車に乗る前に、たった一度だけ会いたいと手紙を寄越した。オルネは行かなかった。捨てられた悔しさを抱えたまま、最後まで困らせてやりたかった。
七時を過ぎ、彼が乗った列車が谷で転覆した。
買い戻した一時間で駅へ行けば、乗るなと言える。理由を説明する時間もある。あるいは、自分も一緒に乗ると言えば、彼は一本遅らせただろう。
「最も幸せだった時間は、これです」
店主が別の砂時計を置いた。中には白い砂ではなく、飴色の光が入っていた。
オルネにはすぐ分かった。
二年前の冬、セヴィと台所で砂糖鳥を作った一時間だ。鍋を焦がし、指を火傷し、出来上がった鳥は全部いびつだった。二人は床に座って失敗作を食べ、結婚しようか、とどちらからともなく言った。窓の外では雪が降り、鍋の底だけが黒くなった。セヴィは一番不格好な鳥を、宝物のように紙へ包んだ。
豪華な祭りの日でも、初めて口づけた夜でもない。ただ、未来が当然に二人分あると思えた一時間。
それを失えば、昨日の後悔だけが残る。救ったあとでセヴィに会っても、なぜ一緒に生きたかったのかを支える、いちばん柔らかな記憶がない。
「別の幸せでは足りませんか」
「時間は正確だよ」
店主は二つの砂時計を並べた。左を空にすれば、右が満ちる。
オルネは飴色の光に指を当てた。床に落ちた砂糖鳥を、セヴィが笑って拾う。唇についた砂糖を、彼女が親指で拭う。何度思い返しても温かかった。
駅の時計が遠くで六時を打つ幻が聞こえた。
オルネは左の砂時計を傾けた。
最初の一粒が落ちた瞬間、砂糖鳥の形が思い出せなくなった。